10 小悪魔直行便
「……お、お前……一体、何者なんだ……」
変化した少女の姿を見て呆然としたままの憑魔が問いを投げる。するとその少女は、小さな胸を張って両手を腰に当て、大いに威張った態度で答えた。
「だからさっきも言ったであろう? 我の名はウニカ・メテオラ! あの魔界最強の魔王、イヴリス・メテオラの娘であるぞ!」
流石にもうここまで来てしまえば、彼女の話を丸ごと信じてしまうか、それとも自分の目が狂ったと思うか、この二択しかなかった。……だが憑魔は、自分の目が狂ってしまったとはどうしても思えなかった。
これは現実に起きていることなのだ。この世界に悪魔は実在する。もし憑魔が悪魔崇拝者であれば飛び上がって喜んだだろうが、生憎彼はそんなオカルトを信じる人間ではなかったし、地面にへたり込んでしまった彼には、もはや声を上げて驚く力すらも残されていなかった。
「お、俺をどうしようってんだ……」
動けない憑魔がそう尋ねると、ウニカは溜め息をついて答える。
「どうするも何も、まずはお前をそのダイガクとやらに連れて行かねばならんだろう? リューネンになられては、我も困ってしまうからな」
そう言ってウニカは漆黒の翼を広げると、地面にへたばったままの憑魔を抱えて翼を大きく羽ばたかせ、勢い良く飛び上がった。
ふわりと憑魔の体は宙に浮いて重力を失い、冷たい風を真正面に受ける。
自分の体が地面から離れたと思った途端、既に憑魔の足下には、まるでミニチュアのように小さくなってしまった街並みが流れていた。
「……ま、マジで飛んでるのかよ」
「だから当たり前だと言っておるだろ! 我にかかればこんなの造作も無いことだ。ほら、もうすぐそのダイガクとやらに着くぞ。何処に下ろせば良いのだ?」
飛んでからまだ一分も経たないというのに、憑魔の足下にはもう大学の校舎と広い敷地が見えていた。大学の正門に目をやると、遅れてやって来る卒論提出者達を待ち受けている野次馬たちがたむろしているのがよく見えた。
「あの人集りの中に下ろせば良いのか?」
「いや、あそこはマズい……なるべく、人気の無い場所に……あ、あの建物の屋上に、下ろしてくれ」
憑魔は両肩をウニカを支えられながらも、卒論の提出窓口のある別棟の屋上を力無い手付きで指差した。
「お安い御用だっ!」
ウニカはそう言って、憑魔を抱えたまま大きく急降下していった。
――こうして、憑魔は校舎の屋上に下ろされ、ウニカに精気を吸われたせいでよろよろと千鳥足になりながらも、どうにか締め切り時刻前に提出窓口に飛び込み、卒論を提出することに成功。どうにか事無きを得たのだった。
◯
大学の裏門を抜けた所で、ウニカはまるで主人の帰りを待つ子犬のように門前に背を持たれて待っていた。先程まで背中に生やしていた巨大な翼はまるで嘘のように跡形も無く消えており、ついさっき変身した際に燃え落ちてしまったはずの黒いキャミソールワンピースを、何故かまた身に付けていた。
「遅いぞ! 一体いつまで待たせる気だ!」
「あ、いや、悪い……あと、取り敢えずありがとな。どうにか間に合ったよ」
「おぉ! それはリューネンにならずに済んだということか! それは良かったな。これで毎日鎖に繋がれて鞭打たれながら働くことなく暮らしていけるではないか」
憑魔はウニカの言葉を聞いて、ん? と首を傾げる。どうやら彼女はまだ留年することを奴隷か何かの身分に落ちぶれることと勘違いしているらしい。
「……さて、貴様の用もこれで終わったのだろう? ならばさっさと帰るぞ――」
ウニカはそう言ってくるっと向き直り歩き出そうとしたが、そこへすかさず憑魔の手が伸びて、彼女の首根っこを掴む。
「うにゃああぁっ⁉︎ こらっ、何をするのだっ!」
思い切り後ろから引っ張られて仰け反ってしまうウニカに、憑魔がぴしゃりと言い放つ。
「おいおい、忘れちゃいないよな? お前が俺の体に一体何をしたのか、洗いざらい話してもらうぞ。あと、お前の本当の正体についてもな」
「ぐぬぬ………」
ウニカは渋い顔をしたが、憑魔に真剣な顔で迫られ、仕方なく折れて彼に全てを話すことにしたのだった。
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