吸血鬼転生

ハル

第1話 転生

 何の特徴もない普通の人生。

 変ってる点であえて言うのなら小学一年から高校卒業するまでの間、様々な武術を習っていたくらいのもんだ。

 そこそこの大学を出て普通の会社に入社した40歳。ちなみに彼女はいない。

 両親は大学二年目の時に亡くなっており、当時は悲しかったがもう乗り越えた。俺は気ままな独身貴族という訳だ。

 身長は低くなくむしろ高いほうで筋肉もそれなりあり、顔も中の上くらいで悪い訳ではない。だけど何故か女性にモテたことがない。彼女を作ろうと努力もしていた。勉強は常に上位十位くらいには入っていたし、運動は武術を習ってたこともあり、リレーなどではアンカーを走ってたほどだ。何回か告白もしたが結果は失敗。その時点で心が折れた。まあ、この年になると彼女がどうのというのは正直めんどくさい。

 仕事が忙しいというのも理由の一つではあるが、別に絶対必要という訳でもない。強がっている訳ではないよ?

 そんな事を何故考えていたかというと、


「先輩。お待たせしました!」


 笑顔で子犬のように俺に向かって歩いて来る爽やかな青年。そしてその横に並ぶ美女さん。

 俺の会社の後輩の山田と、会社での人気上位に入るであろうマドンナ、受付の村上さんである。

 そう。今日はこいつらに、近々結婚するから相談に乗ってほしいと頼まれたのだ。何故自分がモテないのか考えてしまった理由である。

 仕事帰りに交差点脇にある柱で、柱にもたれかかってつらつらと思いにふけっていた訳だ。


「ああ。で、相談って何だ?」


 俺は村上さんに目礼しながら山田に質問する。


「どうも初めまして、村上美香です。いつもお見かけしますが、お話しするのは初めてですね。何だか少し緊張しますね。」


 緊張してるのは俺の方だっての!そもそも俺は告白してからというものの女子と会話するのが苦手なのだ。典型的なコニュ症なのだ。察しろっての!と内心でボヤく俺。

 そもそも、恋愛経験ゼロの俺に何を相談しようというのか。絶対に俺に持ってくるべき相談ではない。当てつけか?うん。絶対に当てつけだろう。間違いない!


「ども。最上誠です。緊張なんてしなくて大丈夫ですよ。

 村上さんは社内でも有名だから、紹介されなくても知っていますよ。」


「有名って何ですか!何か、悪い噂でも立っているのでしょうか?」


「ええ。○○課長と浮気しているとか。△△君とデートしているとか。

 似たような噂がそれはもうたくさんね!」


 ついついからかい始めてしまった。軽いジョークのつもりだったのだが村上さん、涙目になって顔真っ赤になってかわいいわ。

 俺のジョークは昔からデリカシーに欠けるから言うなよとよく言われるんだが、ついつい言ってしまった。

 くそ、今回も失敗か。ジョークのセンスないのかな。この失敗は次に生かそう。うん。ポジティブに頑張ろう。

 山田が村上さんの肩を叩きながら宥めてる。

 くそ、山田め!これが俺と山田の違いなのか!この状況はまさに、リア充爆発しろ!って叫ぶ場面だな。


「先輩、それくらいにしてくださいよ!美香もからかわれてるだけだって。」


 笑いながら宥める山田。できた後輩だ。

 嫌味がなく爽やかで、憎めないやつなのだ。

 しょーがない、素直に祝福してやるか…。


「すまんね。性格が悪いもんでね。近くの店で飯食いながら話聞くわ。」


 妬んでも仕方ない。そう思って俺がそう言った時、

 

 「「「キャーーーーーーーー」」」


 周囲の悲鳴と混乱が聞こえてきた。

 何だ?何が起きている?


「邪魔だ!どけ!殺すぞ‼」


 その声に振り向くと、包丁を持った男がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 悲鳴が聞こえる。男が向かってくる。手には包丁。包丁?その切っ先に…。


「山田ぁーーーーーー!」


 ドン!っと、山田と位置を入れ替えた俺は腰を落とし迎撃の姿勢を取る。確かに男は武器を持っているが小学の頃から高校まで武術を習っていた俺の敵ではない。

 男との距離が数十メートルになった時に、それは起こった。男がポケットに手を入れたのだ。何だ?と考えている間に男はポケットから手を出した。その手に見えるのは、最強の武器拳銃だった。


「なっ!」


 バンッ!と音が鳴り、俺の腹に焼けるような痛みが走った。


「邪魔だーーーー!」


 叫びながら今もなお向かって来る男に俺は最後の力を振り絞り脳天に向かって蹴りを放つ。蹴りが直撃した男が失神したのを確認して、山田と村上さんの無事を確認すると、


「うっ!」


 ガクッ!と体の力が抜け、そのまま倒れていく。

 山田が声にならない叫び声を上げながら駆け寄ってくる。

 村上さんはどうやら突然の事態に茫然自失となっているようだが怪我はなさそうだ。良かった。

 ああ、それにしても腹が熱い。痛みとかそんな感覚を通り越して、熱い。ただひたすらに熱い。

 なんだこれ?熱すぎる…勘弁して欲しい。


《確認しました。耐熱耐性獲得…成功しました》


 もしかしてこれ…死んじゃう?

 撃たれて死ぬとか、ないわぁ…。


《確認しました。打撃耐性並びに貫通耐性獲得…成功しました。続けて物理攻撃耐性獲得…成功しました》


「先輩、血、血が出て…血が止まんないですぅ」


 なんだ、うるさい奴だ。山田か。なんか打たれて変な幻聴でも聞こえたんだが…。

 血?そりゃ、出るよ。俺だって人間だ。拳銃で撃たれたら血くらい出るさ!

 しかし、痛いのはかなわないなぁ…。


《確認しました。幻覚耐性獲得…成功しました。続けて痛覚無効獲得…成功しました》


 やばい、俺も痛みと焦りで混乱しているようだ。


「山田…ウルサイぞ。た、大した事ない。し、心配する…な」


「先輩、血、血が…」


 真っ青な顔で泣きじゃくりながら、俺を抱えようとする。イケメンフェイスが台無しだな。

 村上さんの様子を見ようとするが、視界が霞んでよく見えない。

 腹の猛烈な熱さが感じられなくなり、代わりに次は猛烈な寒気が俺を襲った。

 これはやばいな。撃たれた時に急所は外したんだが、出血多量でやばいな。それに俺と同じ血液型はcisAB 型と言って日本国内だと千五百人程度しかいない非常に珍しい血液のようなのだ。病院に行けたとしても、血液がないからどっちみちやばいな…。


《確認しました。様々な血液に適合する身体を作成します…成功しました》


(さ、さっきからこの声は、何言ってんだ?よく聞こえないな…。)


 声を出そうとして、出なかった。やばいな。声が出なくなってきた。本当に死ぬかも…。

 てか、だんだん熱さと痛みがなくなってきた。

 寒いのだ。寒くてどうしようもない。熱さの次は寒さか、俺も忙しいなぁ…。


《確認しました。耐寒耐性獲得…成功しました。耐熱耐寒耐性を獲得したことにより、『熱変動耐性』にスキルが統合進化しました》


 俺は、最後の気力を振り絞って、言えてなかった言葉を山田に言う。


「山田ぁ!村上さんのこと幸せにしてあげろよ!結婚式の時は写真を飾っておいてくれ…。天国で祝福してやるからよ…。」


 田村は一瞬何を言われたのかわからなかったのか、きょとんとした顔をした。

 しかし、言葉の意味を理解すると、


「はい。もちろんです先輩ぃ。」


 そう言って、泣きじゃくった顔を無理矢理笑顔に変えた。

 ははっ。男の泣き顔なんて見たくないしな。無理矢理な笑顔でも泣き顔よかマシだ。


「本当に幸せになれよ。山田。」


 最後の力で、それだけ伝えた。



                *



 何の特徴もない普通の人生。俺はそんな人生が好きだった。

 大学を出て、普通の会社に入社し、現在一人暮らしの四十歳。彼女なし。

 彼女がいなかった歴年齢のお陰で、童貞。

 まさか、未使用のままあの世に旅立つことになるとは…俺の息子も泣いているだろう。済まない。出番がなくて…。

 生まれ変わる事が出来たなら、ガンガン攻めまくろう。交じりまくるぞ…。ってそれは駄目だな。


《確認しました。ユニークスキル『合成者アワセルモノ』を獲得…成功しました》


 ああ、最後に一杯美味しい物を喰って喰って喰いまくればよかったな。


《確認しました。ユニークスキル『血喰者クライシモノ』を獲得…成功しました》


 血喰者?血喰者ってなんだよ!物騒な名前だな!?

 意識が薄れる中、小さい頃の夢を思い出していた。そういえば俺、子供の頃は教師になりたいと思ってたんだよな。子供の頃は確か物知り誠って呼ばれていたなぁ…。


《確認しました。ユニークスキル『知識者チシキアルモノ』を獲得…成功しました》


 そんな声を聞きながら、眠りについた。

 

 これが死ぬって事か…思ったほど寂しくないな。

 それが死ぬ時に思った最後の言葉だった。

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