第13話 店番も寝ていたい
ヴォイドの父親が経営している車輪屋『ロップイヤー』は、主に馬車や牛車の車輪のみを扱う店だ。
一応、一般の人からの依頼も受けているが、どちらかと言えば馬車メーカーや貴族などからの大口の取引が多い。
店内には『ロップイヤー』の名前と、シンボルである耳の折れたウサギが描かれた車輪が数本並んでいた。こうして同じ大きさと形でいくつも揃えるのは、なるほど凄い技術だ。まさに職人技だな。
「んー、座っているだけというのも、思ったより面倒くさいものだな」
座った姿勢でいるというのは、常にバランスを取り続けているということだ。前後にも、左右にも、である。
人間の体は、お尻で支えられるようには出来ていない。なので、座りっぱなしだと変なところに負担がかかる。
「まあ、どうせこの部屋にもベッドはあるし、寝転がって待っててもいいか」
私が産まれるより少し前まで、ベッドと椅子の区別はあまりついていなかったのだという。今でもベッドを長椅子として使用している家や、そもそも椅子をベッドにしている家などがあるそうだ。私はあまり他人の家に行かないので知らんけど。
この綺麗な店に質素なベッドがあるのも、そういう経緯で椅子の代わりにされているだけだろう。ただ、ベッドなのだから寝そべってもいいはずだ。そもそも接客なんて寝転がってても出来る。
「ではさっそく、おやすみなさい……」
いや、眠ったらダメなのか。寝転がった姿勢でも起きてないと店番にはならんよな。
「……静かだな」
一応ここも市街地の中ではあるんだが、本当に閑散としている。街はずれの山の上だからな。
耳をすませば、この店から離れているはずの工房の音まで聞こえてきそうだ。ヴォイドは今頃、どこかの牛車から回収してきたらしい車輪の修理中かな。
「まあ、工房は埃っぽいし、どうしても汚くなるものなぁ」
店先を綺麗にしておくのは、最近の流行りらしい。私を勘当した母が『最近は綺麗な店ばかりが並んで、時代も変わったわ』って言っていたのを覚えている。
この店が母屋からも工房からも独立しているのは、そういう理由もあるのだろう。
「……」
目を閉じて、ゆっくりと呼吸をする。この時期は少し暑いけど、窓から吹き込む風は涼しかった。カラッと晴れた陽気が、ゆっくりと時間を運んでくれる。
時々、あの太陽が常に動き続けているというのが信じられなくなる。じつは太陽は気分次第で止まっていて、突然思い出したように地上の裏側に向かうだけなんじゃないだろうか。
地上の裏側は、どうなっているんだろうな。まったいらなのか、それとも表側の山が、裏側では谷になっているのだか。
もし裏側に住んでいる人がいるなら、その人たちは二本足で立って歩くのではなく、両手でぶら下がって生きているんだろうなぁ。
そんなことを考えて目を閉じて、次に目を開けた時には夜になっていた。
そして私は、ヴォイドに怒られた。
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