第12話 居候としての生活

 ~ドライジーネSIDE~


 東の窓から、日差しが差し込んでいた。ということは、もう朝なのだろう。太陽はかなり高くなっている。


「――もうちょっと寝るか」


 目を開けたまではいいが、身体を起こすのが面倒くさい。かといって寝た姿勢のまま何かが出来るわけでも無いし、服を着るのも面倒だ。ならば眠るしかないだろう。

 それにしても、


「いい部屋と、いいベッドだな」


 ここは元々、ヴォイドの母が使っていた部屋なのだそうだ。ヴォイドは西の半島生まれで、10歳の頃にこちらに来たらしい。そして、私と同じ13歳の時に、流行り病で母を亡くしたそうだ。


「――正直、ヴォイドの家に来るまで、私は何も知らなかったな」


 あの独特な訛りから、本国の出身じゃないとは思っていたけどさ。西方の半島ではあんな喋り方をするのだな。


「……」


 寝返りを打つ。そのとき丁度、部屋の奥の本棚が見えた。数冊の本が並ぶだけの小さな棚だ。さすがに羊皮紙を使ったような古い本はない。どれも最近の技術で作られた竹紙製の活版印刷だ。


「まあ、暇つぶしに読むのもいいかもな」


 私は商人の娘として育てられたため、ひとまず文字は読める。まあ、覚えるのは大変だったし、面倒くさかったけどな。私の数少ない自慢だ。えっへん!

 布団を出た私は、裸のまま本棚に近づく。その時だった。


 コンコン!


 扉を叩く音がした。


「ジーネ。おる?」


 ヴォイドの声だ。なんだか面倒なことになる気がするなぁ……


「いないぞ」


「おるやんけ」


「気のせいだ」


「ほな、いま返事してんのは誰やねん」


 ちっ。勘のいい奴だな。


「ヴォイド。今ひとりか?」


「うん。ウチだけやえ」


「そうか。それじゃあいいや。ゆっくり入って来てくれ」


「え? ああ、うん。ほな……」


 さすがにヴォイドの父などが同伴していた場合は、私も服を着て靴を履く必要があっただろう。ああ、あと頭巾か。家の中で被る人も少ないと思うが、家族以外の男性と会うなら必要だ。

 ただ、今回はヴォイドだけなので、別に見られて困るものも何もない。……いや、それでも局部だけは手で隠しておくか。面倒くさいけど。


「入るえー。……って、ひゃわわわっ。着替えてへんならそう言ってよ! 何のためのノックやねん」


「べ、別にいいだろ。女同士だし、私とヴォイドの仲だ。気にするな」


 部屋に入るなり、ヴォイドは顔を真っ赤にして口元を手で覆った。おいおい、やめろよ。そんな反応されたら私まで恥ずかしくなるだろうが。ただでさえちょっと恥ずかしくて後悔しているのに。


「それで、何の用だ?」


「え? ああ、うん。ちょっとジーネに頼みたいことがあってな」


「面倒な事でなければ聞くだけ聞くぞ」


「……それ、居候の態度とちゃうで」


 そうは言われても、私は面倒なことをしたら死んでしまう病気か何かなのだ。きっと神がそういう呪いをかけたに違いない。つまり私が面倒な仕事をすることは、神のご意思に逆らうという事だぞ。知らんけど。


「まあ、難しい事やないわ。ウチ、これからちょっと作業があってな。父ちゃんも仕事やから、店番がいないねん。ジーネ。お願いできる?」


「私は車輪の話なんかよく分からないぞ」


「大丈夫や。誰かが来たらウチを呼びに来てくれたらええわ。それ以外は座ってるだけでええから」


 ふむ。つまりずっと座っているだけの仕事だな。どうせ客なんか来ないだろうし。

 それならやってもいいかもな。どうせ開店はお昼ご飯を食べてからだろうし、さすがの私も昼食の時は服を着なきゃならんだろうからな。


「分かった。それでは、これからお昼寝をして、起きられたら引き受けよう」


「うん。絶対に起こすから覚悟してお昼寝しててや。ほな」


 ――やれやれ。逃げられそうにないな。

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