第11話 奇妙な乗り物
「こんにちはー。車輪屋『ロップイヤー』のヴォイドです。定期点検に来ましたえ」
ロップイヤーというのは、車輪屋の名前だ。もっとも、この街で車輪屋と言えばロップイヤーしかないので、みんなは単に『車輪屋』とだけ呼ぶ。
そこの一人娘が、このヴォイドという少女だ。まだ若いが、車輪職人としては確かな腕前を持つ。
実は魔法使いなんだそうだ。魔法ねぇ。せいぜい火を灯せれば腕のいい方だと言われている業界だな。俺はそっちはよく分からん。
で……
「お使いいただいている荷車の車輪ですが……わぁ! 壊れちゃってるやないですか。大丈夫でしたか?」
その少女なんだが、今日は変な乗り物に乗ってきているわけだ。何だあれ? 新しい魔法の道具か?
いや、それはどうでもいいや。俺は昨日の出来事を説明する。要するに、ぬかるみに車輪を落として壊してしまったという、間抜けな話を聞かせることになるわけだ。
「――ってわけさ」
「ああ、それは大変でしたね。牛さんは無事でしたか?」
「まあ、な。アイツは年老いてるが、意外と頑丈だ。小さい頃から丈夫だけが取り得だからな」
「よかったぁ」
ヴォイドちゃんは、まるで自分のことのように心配してくれる。
変な乗り物から降りた彼女は、さっそくとばかりにその牛車を横倒しにした。空っぽの牛車は、彼女の力でも簡単に倒れる。いや、まあ女性にしちゃ力が強いか。
「うーん……これは根元からポッキリ折れてますね。繋ぎ直すことは出来そうですけど、結構時間がかかるかも」
「ああ、それじゃあ今日の仕事は無理そうだな」
最初からあきらめていたし、一日くらい飯を苦いっぱぐれても困るまい。牛の餌はあるから相棒は心配ない。
そう言おうと思ったのだが、
「いや、大丈夫ですえ。何とかします」
「え?」
彼女は自分の乗って来た奇妙な二輪車に駆け寄ると、それを分解し始めた。前の方の車輪をストンと外すと、今度はそれを転がして持ってくる。
「これをお貸ししますよ」
「え? いや、これヴォイドちゃんが乗って来た車体のやつじゃないの? 新品っぽいし」
「ええ。こんなこともあろうかと、車輪の貸し出しサービスも始めたんです。あ、でも壊さないでくださいね。元々の車輪は工房に持ち帰って、数日後に届けに来ます。その時にそちらの車輪をウチに返してください」
「お、おう……」
なんって言ったらいいかな。ヴォイドちゃんは雰囲気は柔らかいし、優しそうな顔立ちでもあるんだが、時々ぐいぐい来ることがあるんだ。圧が強い、とでもいうのかな。有無を言わさぬ笑顔がある。
「あ、大丈夫です。交換も貸し出しも無料でええですから。お金のことは気にしないでください。修理費だけ、次に来た時に頂きますね」
「あ、ああ。えっと、出張費は?」
「ええですよ。別に壊れた車輪を担いで帰るわけでは無いですから」
新しい車輪を俺の荷車につけた彼女は、続いて壊れた車輪を強引につなぎ合わせると、その割れ目に手を当てた。
「森の精霊、木の精霊よ。ウチの声に集い、同胞の傷を隠したまえ。蜜蝋のごとく固まり、偽りの時を与えよ……」
何かを唱えたあと、彼女は手をどかす。そこにはうっすらと彼女の手形が付いているようにも見えたが……特に変わったところも無いな。ひび割れ自体もそのままだ。
「今のは?」
ついに俺は気になって訊いてしまった。ヴォイドちゃんは少し疲れたような表情で、それでも笑顔に戻って教えてくれる。
「ああ、魔法使いのおまじないですよ。『ウチが家に帰るまで、どうか壊れないでね』っていう、一時的な補強です。恒久的なものじゃないので、修理とは言えないレベルですけどね」
そういうと、再びヴォイドちゃんは変な乗り物に乗る。先ほどまで折れていた(というか、今も折れている)車輪も、ヴォイドちゃんくらい軽い女の子なら乗せられるのだろう。意外と安定していた。
「それじゃ、また数日後に伺いますね。行くところがもう一軒ありますんで、ほなまた」
「ああ、ありがとうな」
ニコっと笑ったヴォイドちゃんは、それから地面を蹴って車輪を進ませた。
「お?」
その車輪の進み方が、これまたとんでもなく速い。風を切るように進んでいく彼女は、すぐそばを走る馬車を追い抜いて、曲がり角へと消えて行った。
「魔法……なのか? 俺が聞いた話より、ずいぶん便利なんだな」
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