車輪屋の仕事
第10話 周囲の反応
~とある商人SIDE~
もうすぐ仕事が終わる。俺は牛に荷車を引かせながら、意気揚々と帰路についていた。
「よーし。今日は帰ったらゆっくり寝ような。もうクタクタだぜ。お前もだろ」
牛の背中を撫でながら歩く。もちろん牛は何も答えを返さないが、それでいい。俺たちは長年連れ添った相棒だ。言葉なんか無くても、お互いを労う気持ちは通じている。
ただ、俺はまだ若いから元気だが、相棒はもう年老いてきた。
「……」
俺はこいつが犬みたいな大きさだった頃から一緒にいるが、月日が経つのは早いもんだ。俺もこいつもあっという間にデカくなり、歩幅を合わせて仕事をする仲になった。
でも、最近は違う。
朝、出かける時は、俺もこいつも同じ速度で歩ける。
しかし、帰りは違うんだ。ようやく家に帰ってゆっくり眠れると思うと、俺はいつもより足取りが早くなる。でも相棒は、疲れから足が遅くなるんだ。だから俺がうっかりしていると、コイツを無意識にせかしてしまう。
「……ゆっくり、ゆっくりでいいからな。俺の横を、ちゃんとついてきてくれよ」
雨が降った後のあぜ道を、空っぽには程遠い売れ残りを乗せた荷車が進む。ぬかるんだ地面に深く食い込んだ車輪は、あまり快適に動いているようには見えなかった。
――ガタン!
大きな音を立てて、車輪が地面にめり込んだ。
「しまった。深い所にハマったか!? ちょっと待ってろ!」
見てみれば、荷車の左車輪は地面にざっくり深く刺さっていた。ここだけ水たまりが出来て、柔らかくなっていたんだろう。
俺は後ろに回り、背中を車体にくっつける。そのまま両足で地面を踏んで、しっかりと固めた。
「行くぞ! 相棒」
俺が後ろから押して、相棒が前から引く。すると、牛車はゴゴゴゴ……と大きな音を立てながら前に進んだ。
何とかなる。そう思った時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……
ガガガガッ!!
大きな音を立てた荷車は、そのまま大きく左に横転した。繋がれていた牛も、必然同じようにひっくり返る。
「だ、大丈夫か!?」
もぉー……と頼りない声を上げる相棒だったが、見たところ怪我はない。縛り付けていた縄を解くと、自力でゆったり立ち上がる。
「良かった。少なくとも、かけがえのないお前を失うことは無かったか」
それに関しては、不幸中の幸いだ。
しかし――
「まいったな。車輪が壊れちまった」
スポークが折れて、木製のリムが割れてしまった。これでは回せない。丈夫な金属製の軸は折れてないだろうけど、生憎と予備の車輪なんか持ってないんだ。
「……仕方ない。今日はここに荷物を捨てて行こう。荷車を空っぽにすれば、片輪でもなんとか動かせるだろう。俺が横から支える」
今日は赤字だ。しかも明日からは営業も無くなるだろう。荷車が直るまで、俺は仕事にならない。
「そういや、明日は車輪屋の娘が定期点検に来る日だったな。ちょうどいい。俺の方から車輪屋に行く手間は省けるってわけだ」
定期点検。それは車輪屋が月に一度ほどやってきて、車輪の状態を確認して帰る日だ。
あの娘さんも偉いもんだぜ。場合によっては一銭の稼ぎにもならんのに、『お客様の安全が一番やからな』って言って、真剣に車輪を見ていくんだ。俺の家は遠いのにな。
次の日の朝、その娘さんは日が登ってすぐに訪ねてきた。なんでこんなに朝早くなのかと言うと、俺の普段の仕事に支障を出さないための配慮だ。
「こんにちはー。車輪屋『ロップイヤー』のヴォイドです。定期点検に来ましたえ」
いつもと同じ時間。いつもと同じ挨拶。いつもと同じ娘さんが、いつもと同じワンピースにエプロンでやってきていた。
ただ、いつもと違うのは――
その娘さんは、へんちくりんな乗り物に乗っていたってことだ。
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