第4話 コンビニの中で

まさか、と思った。頭に渾身のフルスイングをしてやろうとひろしは待ち構えていた。しかし、カーブミラーに近づいたゾンビの顔を確認すると、ひろしはブロック塀を上り、回避することを選んだ。


あのゾンビはひろしの同級生であった男である。特に親しかったわけではないが、小さい頃から見知った男である。彼が今何の仕事をして、誰と結婚したのか、どこに住んでいるのかひろしは知らない。ただ、生前の姿を知っている人間が、―噛まれたのか―おそらく一度死を迎え、変わり果てた姿で起き上がった。そしてもしかしたら、自分を食おうとしていた。


どこか絵空事であったゾンビと世界の変化。しかしよく見知った人間の死後の世界を目の当たりにし、ひろしは心の底から震え上がった。


1歩間違えば屍。ましてやウイルス感染かもしれない。見える感染源に不用意に近づくべきではないと悟った。


ブロック塀から門を出て、辺りをうかがいながら先を進むとコンビニの看板が見えてきた。食糧はあるだろうか。ひろしは期待半分で走った。


コンビニは神社の隣にあり、近くには公園や寂れた商店街もある。いわゆるこの街の中心である。コンビニが中心というのはいささか情けないがこれが田舎の現実だとひろしは考えていた。


コンビニの建物が見えた瞬間、ひろしの期待はすべて泡となって消えた。全ての窓、ドアのガラスというガラスは割られ、日光に照らされた店内は品物が散乱し荒れ果てていた。食糧はおろか生存者もいないであろうその光景にひろしは愕然とした。


ひろしは割れたガラスの自動ドアから中を覗いた。ゾンビはいないようだった。周りにもゾンビは見当たらない。彼らはどこから現れ、どこに向かっているのだろうか。


おそらく立てこもっていた人間がいたのだろう。ドアからの侵入を防ぐためにATMの機械が横倒しになっており、その上にイートイン用の椅子が積み重なっている。ひろしは金属バットでその即席バリケードをつついたがビクともしなかった。


どこか入口はないかと割れた窓ガラスに目を向けると、人一人分なら入れそうなスペースが雑誌棚の隅に空いていた。


身をかがめて中に入った。飲み物の類はほとんど残っておらず、瓶類は割れて床に水たまりができていた。灯りのないコンビニはこんなに視界が悪いのかとひろしは非日常に驚いた。


物陰に何か隠れていないか注意しながら物色を続ける。火や水が十分に使えないからか、カップ麺の類は少し残っていた。それらを2つ3つリュックの中に入れ、食べ物が他にないことを確認し、店を出ようとしたその時、


ガタッ。


店のバックヤードのほうで物音がした。ゾンビだろうか。ひろしは逡巡した。生存者か、ゾンビか、確認すべきか、逃げるべきか。


生存者を求めているわけではない。友好的な協力者である保証はない。奪い合い、下手すれば殺し合いになる可能性もある。


ゾンビであれば最悪のケースになる。


だが、ひろしはおそるおそるバックヤードへ向かっていった。もしかしたらバックヤードに有用な武器や食糧の備蓄があるかもしれない、という希望があった。しかしその希望は自分自身への言い訳に過ぎない。両親が帰ってこない孤独の辛さと抑えきれない好奇心こそが本当の理由であった。


バットを握り、扉を開ける。バックヤードは右手に拡がっている。ひろしは角に貼り付いてゆっくりと奥を覗いた。壁の上端に縦30センチほどの横長の窓がついているがほとんど日が入らず、奥に何があるのかは全く見えなかった。


リュックから懐中電灯を取り出して照らしてみると、事務机の下に何かがいる。小刻みに震えているように見えるそれは、丸まった人間だ。ゾンビだろうか。ひろしが見たゾンビの様子からすると、陰に隠れるような知能はないように思えた。


ゆっくり、ゆっくりと近づく。油断した隙に襲いかかってくるかもしれない、と細心の注意を払って近づいていった。


バットで丸まっている背中あたりを突っついた。恐怖の反射で飛び上がって、その何かは机に頭をぶつけた。


「すみませんすみませんすみません許してください食べないでください」


その声は女のものだった。必死に手を振り泣きじゃくる少女の姿がそこにはあった。

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