第3話 未知との遭遇
家を出て西に1キロ。そこにコンビニチェーン最大手のヘブンイレブンがある。途中に坂道があり、細い路地がある。そこには家と呼ぶべきか小屋と呼ぶべきか寂れた借家の群れがあり、どことなくゾンビが出現しそうな雰囲気を醸し出していた。
四方に気をつけながら歩みを進めていくひろしであったが、ゾンビはおろか人っ子一人見当たらないので、なにかドラマの主人公になったような、舞台の上にいるような、現実感をすっかり失ってしまっていた。まだ日は高い。おそらく14時頃であろう。昼間であればゾンビの活動も弱いはずだと、ホラー映画の見すぎか勝手な思い込みをして一歩、また一歩と慎重に進んでいく。
ふと下を向くと干からびた血溜まりがあることに気づいた。アスファルトとほぼ同色になりつつあるが、決して交わることはない不気味な血の跡が不自然に浮き上がっている。そしておそらく肉片であろう、黄色いトイレットペーパーのカスのような小さな塊がそよ風に揺れ動いていた。
ここでゾンビに襲われた人間がいたのだろう。そして跡形もなく食われたのか、食われた死体が起き上がり新たなやつらの仲間になったのか。ひろしはまだ見ぬ脅威に震え上がった。
いったい、日本に、いや、世界に何が起きたのだろう。未知のウイルスなのだろうか。ということは自分も感染するリスクに曝されているのだろうか。さまざまに状況を分析しながらひろしは丁字路にたどり着いた。
見通しの悪い丁字路にはオレンジ色のポールに取り付けられた鏡がついている。ここを右に曲がればコンビニはすぐそこだ。
しかし、ひろしの足はぴったりと止まった。鏡に映る角の先にうごめく何かがある。ゆらゆらと揺れながらゆっくりとこちらに近づく影。間違いない。ゾンビだ、とひろしは思った。
気づかれているのだろうか。いや、こっちに向かってくる気配はない。ただ道をまっすぐに進もうとしているだけだ。だが、このままでは、路地にいるひろしに気づくのは時間の問題だった。
ひろしはゾンビの動きに注目した。いわゆる小さい頃に見たホラー映画のゾンビの動きで、両手を前に突き出して、ゆったりと一歩一歩踏みしていくようだ。歩くというよりも腐敗して低下した筋力から思うように足が上がらず右半身、左半身、右、左……と身体をひねって進んでいる。
時速は1キロにも満たないかもしれない。おそらくよほどの奇襲を受けなければ逃げることも駆逐することもできる。ひろしは圧倒的な優位を感じた。家から持ってきた赤い金属バットを握りしめた。
ゾンビが初めて歩く赤子のようにゆっくりと道路の真ん中を進んでいく。左手の路地に目もくれずどこかへと向かっていく。
ひろしはゾンビが路地を横切る直前に、右手の民家のブロック塀を急いで上ると、息を潜め、ゾンビをやり過ごした。
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