第4話

『バタン』

 真夜中の豪邸の廊下に、ドアの音が響く。

「…ふう。今日は、仕事が押してしまいましたね…。山田、お茶よろしく…」

 山田と呼ばれた、執事は急速にお茶を家主に運んだ。

「どうぞ、お坊ちゃま…」

「ああ、ありがとう…」

 家主は貰ったお茶をすする。

「………」

「?どうなされましたか?」

 執事は心配そうな顔で、家主を見た。

「ああ…、ごめん。…なんか、昔のことを思い出しましてね…」

 家主は、テーブルに置かれている写真立てを持ち上げた。

「…由雨さんは家族が殺されたと聞きました。…私と同じ境遇ですね…」

 家主は、自分を嘲笑うように、顔を天井に向け、笑みを浮かべる。執事は、その姿を見て、無言で顔を伏せる。

「…同じ境遇なのに、立場上は主人と奴隷。…とんだ差ですよ、世界というものは不公平なものですよ…本当に…」

 家主は視線を写真立てに向けた。…その時の形相はとても恐ろしかった。

「…本当に…、不公平だ…」



『…………』

 …山奥に一つだけ、一軒家が存在した。そこが私の生まれ、育った場所。…「人食人種の巣窟」と、付近でいい伝えられた家。

 家族構成は、両親に、祖父と四人構成。その内「人食人種」でないのは、母一人だった。…後に聞いた話だが、母は元々父が麓の町で狩ってきた人間であったが、父が母を気に入り、母の意思は無視して父は婚約を強制。「婚約に背いた場合は、この世で一番辛い死にかたを味あわせてやる」と、父は脅したらしい。

 その後父は母を強姦して、その時に私を身籠ったらしい。

 

 …思えば、私は母が言葉を発したりしたところをまるで見たことが無かった。私に物心がついたときには、母にあった感情の概念が全て無になっていたのだ。

「…お母さん!あそこの川で、こんな綺麗な小石見つけた!宝石みたいで綺麗でしょ!?」

 …母の状態をまだ理解できなかった、幼小時代の私はそんなことをいつも言っていた。

「………」

 当然の如く、母は何も言わなかった。辛うじて、私の方に視線を向けてはいた。…しかし、表情一つ変わらず、母は濁りきった瞳を私に見せるだけだった。

「うん!綺麗だよね!えへへ!」

 …しかし、何故か私は母のその瞳を見るのが好きだった。理由は未だに分からないが、私は母が大好きだった。

「まだ、綺麗な小石あるかもしれないから、沢山集まったら、お母さんにスゴイものをプレゼントするよ!」

 私はそう言って、また川に向かった。

 …何も無い山奥。私はそうすることで、毎日を過ごしていた。

「人間とは遊ぶな」と父に強く言われていたため、山の動物と遊ぼうと考えていたこともあった…。しかし、野生の動物達も私の前からすぐいなくなった。…仕方なく、私は無生物で遊んでいた。

 …しかしそんな毎日でも、私は楽しかった。多分、母へのプレゼントのことが脳裏にあったからだろう。


 そして、数日が経った。

「…できた!」

 私は満面の笑みを浮かべ、プレゼントを見た。

「お母さん!ほらっ!」

 私は母の方に向かい、真っ先にプレゼントを見せる。

「………」

 母は、何も言わないもの、少し体をこっちに向け、私の持っている製品を見た。

「お母さん!この前言った約束のプレゼントだよ!小石のアクセサリー!綺麗でしょ!」

 私はそう言って、母の首にアクセサリーをつけた。

「……!」

 母の反応は一目瞭然だった。何も思わなかった母が、喜んでいるように見えた。

「………」

 そして私の頭を優しく撫でてくれた。

「えへへ…」

 母のか細い手はとても優しく、暖かかった。

「……!?」

 私は急に悪寒が走った。周りを見ても何も無い。母は不思議そうに私の顔を見た。

「…えへへ。ちょっとトイレに行ってくるね!」

 私は母に余計な心配をさせないために、おどけた感じにそう言って、トイレに向かった。

『ガタン』

 …まだ、悪寒は止まらない。…どうしたものだろうか。

 何が起きているのかは分からない。しかし、明らかに嫌なことが起こりそうな予感がした。

 …予感はすぐ的中した。数日後、母は病気で倒れた。

 私は体に効きそうな薬草を、山から採ってきた。が、母の病状は良くならない。こんな時に限って。父も祖父も居なかった。…家柄上、医者を呼べる状態でも無いし、もしかしたらもう既に父がここら付近の医者を狩りきっているかもしれない。

「お母さん!お母さん!」

 私は声を荒げて、母の意識を計る。…ただでさえ、白かった母の顔が死人のような肌色になっていた。

「はあ…っ…っく…」

 母の呼吸は乱れ、まるで何かに押しつぶされているような声を漏らした。

「お母さん!」

 私は、母の額に自分の額を当てた。

「……!?」

 …驚いた。母の額は氷のように冷たかった。

「お母さん!待ってて!今から、毛布持ってくるから!」

 …と、私が経ち上がった時。

「………」

 母が私の腕を掴み、行く手を阻んだ。

「お母さん!?何してるの!?病気なんだから、横になっておきなよ!きついでしょ!?」

 私は、無理やり母の手を離そうとした。だが、その手は決して離れなかった。…か細い母の手からは想像もつかないほど、その力は強かった。

「…もう、いいのよ…」

「………!?」

 …それが、初めて私がまともに聞いた、母の言葉だった。

 一瞬の沈黙を無理やり振り払い、また私は動き出す。

「何、言ってんの!?大丈夫じゃないから、今から毛布を持って来るんだよ!?」

 母の声が聞けたからって、今はそれどころじゃない。

「だから!お母さんは、そこで寝ててよ!!」

 力任せに、体を前のめりにした時だった。

「…二日前ね、私のお母さんとお父さんが殺されたの…。貴方の父親に…」

「え………」

 一瞬にして、力が抜け、私はその場の床に伏せった。

「どういうこと…」

 私は視界の焦点が合わない程、混乱していたらしく、よく母の顔が見えなかった。

「いつものように、あの人は、麓の村から人間を狩るって、私のところに持ってきた。…いつもは脳天を打ち抜いて、顔が分からなくなるぐらい、顔を潰して持って来るあの人が、その時は顔がはっきり分かるぐらいにしていた」

 …母の声は徐々に震え。瞳から大きな雫が落ちた。

「…顔を…見た時…。い…一発で分かったわ…。私の両親…だってこと…」

 母は、そのまま伏せった。私が、母の肩に手を触れようとした時。

「あの人に拉致される前に、あの人は約束を交わしたわ…」

 母は目を見開いて、こっちを見た。

「『お前が、俺の欲を満たしてくれれば、お前にも、お前の両親にも危害を加えない。そして、十年の月日が経ったら、お前は俺から逃げて良い』って…」

 母の声がどんどん粗くなる。

「その時、十三歳だった私には、恐ろしくて、その約束に背くことが出来なかった…!十年の辛抱なら…と、あの野郎の性処理もしっかりやってきた。…そして、貴方みたいな子供が生まれて…。私の心の支えが出来たと思っていた矢先…!あの野郎はまるで私を嘲笑うかのように、両親の遺体を私のもとに持ってきた…!」

 母は私の体に抱きついた。

「十年経ったら、貴方を連れて両親のところに行くつもりだった…!そして、まだつけて無かった名前を付けてやりたかったのに。…なのに…!」

 私を抱きしめる腕の力は強くなる。

 …私達「人食人種」には名前が無い。…あるといろいろ不便なことがあるらしい。もし、何らかの形で、名前が普通の人間にばれたら。捜索されて、「逆狩り」が行われることもあり得るからだと…。

「…まだ、貴方は『人食人種』としては完成していない。だから、この家から出て、普通の人間として生活させたかったのに…!」

 母はひたすら私に語りかける。今まで私と話せなかった分を返すように、一言一言を私の心に言い聞かせた。次第に私の目から涙が流れ出た。

「…お母さん…」

 私が口を開く、もう私は気付いていた。私を抱きしめているその腕の力が次第に弱くなっているのを。

「…ごめんね。もう、限界が近いみたい…」

 …私の体から、母の腕が離れた。母はその場に横に倒れた。

「…ガハッ!…ゴホッ…っ…!」

 母の口から、大量の血が出た。

「…………」

 私はショックで、声が出なかった。

「…ははは。お母さん、薬、…飲み過ぎちゃったみたい…」

 母はそう言って、私に薬の袋を見せた。

 何の薬かは分からなかったが、母の容態をみて、良い薬では無いことは容易に理解できた。

「…!」

 何か言ってあげたい。なのに、言葉が出ない。こんな時に、私はパニック症状を起こしているらしく、声が出せなくなっていた。

 母は、私の反応を見てから、口を開いた。

「…ごめんね。お母さん。今まで、母親らしいこと出来なかったね…」

 …言わないで。

「…こんな家だから、幸せなんて無くて、貴方が生まれるまでは、地獄だったのよ…」

 …何で今そんなこと言うの?

「…だけど貴方が生まれて、例えレイプで孕んだ子だとしても、自分の子供だと思うと、凄く嬉しかった…。そして…、貴方は、あの人には似ずに…、良い子に育った…」

 …何話してるの?…ほら、布団の上に横になって!病気を治さなきゃ!

「…貴方のお陰で、私は生きてられたよ…。貴方が元気な笑顔を毎日見せてくれて。…貴方を産んでよかったと思ったよ…!?ガハッ…!?」

 ほら!もう…いいから、病気なんだから寝ててよ…。元気になってから、その時に沢山話そうよ…。

「…あはは…。もう、痛いのかどうかさえ分かんなくなって来ちゃったよ…。ゴホッ…ゴホッ…!!」

 もう…いいから…。そんなに血を吐いてるんだから…。喋らなくていいだよ…お母さん。

「………」

 そんな顔しないでよ…。これじゃあまるで、お母さんが死ぬみたいじゃないか…。

「…あれ?停電した?…真っ暗…何だけど…」

 …何言ってるの?お母さん?電気はちゃんと着いてるよ?…何言ってるの?

「…サク?…咲は何処行ったの!?さっきまでいたのに…」

 …サク?もしかして、それが僕につけるつもりだった名前?

「咲!?咲!?何処なの!?咲!?」

「お母さん…!僕はここだよ…!」

 私はそう言って、母を抱きしめた。

「…あ、…ああ、この体の温もり…。咲だね…咲いるんだね…」

 …抱きしめて分かった。お母さんにはもうほとんど体温が感じられない…。

「…ありがとう…咲…」

 …一瞬、内臓全てを鷲掴みにされる感覚が走った。母がこっちに倒れてくる。

『ドサッ』

 …ああ…、何なんだこれは…。

「…何で…。何で…」

 この時ばかりは、母の顔を見たく無かった。

「…何で、そんなに笑顔なの…?死んだのに…」

 分からない。分からないよ。お母さん。


「…遂に死んだか」

「!?」

 私の後ろに、良く見覚えのある人がいた。

「お…お父さん…お爺ちゃん…」

「爺さん、坊主を頼む」

 父が祖父に指示を出す。

「あいよ…」

 祖父は倒れていた私を引っ張り起こし、拘束した。

「お爺ちゃん?何して…!?」

 祖父から視線をずらした時に視界に入った。

「…お父さん…?何してるの…?」

 父は、母の着ている衣類を脱がせていた。

「何…って。…食事の準備だろうよ」

 父はまるでそれが当然のように言った。

「…やめてよ!?お父さん!?それはお母さんなんだよ!?」

 私は父親に説教したかったんだろう。叫んだ。

「…お母さん…ね…。こんなの、只の家畜でしかないだろ…?」

「は…!?」

 …今、父はなんて言った?…「家畜」…。

「そんな…」

 私は絶望した。既に、父の腕には出刃包丁が握られていた。

「や…やめろ!」

 私は祖父の腕を振り払おうと、力を振り絞った。

 …しかし、全く解けない。

「…爺さん。そいつを逃げさせないようにしろよ…。今から、『人食人種』の生き方の実技を教えなきゃいけないんだから」

 父はそう言って、母の首を切断した…。

「      」

 声にならない叫びを私は発した。狂ったように、暴れたが、祖父と父は何の反応もしない。

 父は首に次いで、右足、左足、右腕、左腕を順に切断した。

「…次に、はらわたを取り除く」

 父は独り言のように呟き、腹部を切り開いた。

「あ…!あ……!ああああああああああああああああああ!!!!」

 大好きだった母が徐々に、肉塊に変わっていく…。私は狂ったように泣き叫ぶしか無かった。

「あ………」

 その時、私の中で、何かが生まれた…。

「ああああああああああああああああ!!!!!」

 頭が真っ白になった…。勝手に体が動く。

「ぐわああああああああ!!??」

 私は私を掴んでいる祖父の腕を噛み切った。

「あああああああああ!!」

「…おい、…マジかよ…」

 私の異常に気付いた父は私を見て震えた。

「……………」

 祖父の言葉はもう聞こえない。両足、両腕を既に私が食べたからだ。

『グチュル…ペチャ…グニャ…ジュル…』

 私はあっという間に、祖父を食べきった。味なんて分からなかった。

「何で…お母さんをバラバラにしたああああああああああああああああああああああ!!」

 血に染まった衣服、口。見開き切った目。…母が今の私を見たらどう思うだろうか…?

 …いや、今はそんなことどうでもいいか。

 私は父のもとへ一歩一歩、ゆっくり近づく…。

「…な…何だよ!?お前に人間の食い方を教えてやろうと思ってよ…!?」

 父は包丁を私に向けているが、声が震えていて、全然怖くない。

 …ああ、これならいけるや…。

 私は父の目の前に辿りついた。

「…どうしたの?お父さん?そんな顔して。まさか、僕が怖いなんて言わないよね…?」

 私はもう人がしていい顔つきじゃなかったと思う。

「…そんなこと!!分かった!!殺してやる!!」

 父は包丁を振り回した。私はその乱雑に振られる刃先を紙一重に避けた。

「なっ…!?」

「お父さん…。良いこと教えてあげるよ…。僕ね…」

 父の持つ包丁を私が取り上げる。

「人間は食ってないけど、…この山の野生動物全員食べたんだ…。猪、猿、熊、蛇…全部真っ向勝負で…」

 父の首元にジリジリと刃先を近づける…。

「野生の動物ってすごいね…。ビックリするぐらい、強いの。…猟師さん達が武器使ってじゃないと狩れないのも解らなくもないよ。…でもね。僕、食べちゃったんだ。そして、みんな居なくなっちゃったんだ。…もう、誰も遊んでくれないよ…」

 私は父を見た。父の見た私の表情はとても酷かっただろう…。目が見開き、瞳孔が開ききって、口元が異様なほどつり上がっている。子供が見せてはいけない…いや、人間が見せちゃいけない顔。

 …狂気の顔…。

「ねー…、お父さん…?僕ね、いつもお母さんと遊んでいたんだー…。だから今日も遊ぼうと思ったんだけどね?…血と肉と骨だけを残して、どっかに行っちゃったんだー…。だからね…、今日はお父さんがいるから…、遊んでよー…」

 私の言葉に父は腰を抜かした。

「す…すまなかった!!俺が悪かったから、許してくれぇ!!命だけは…!!」

 父は私の前で土下座した。

「んー?何で、お父さんが謝るの…?僕はただ遊ぼうって言ってるだけじゃん?…ねー、顔上げてよー…!」

 父は、顔を恐る恐る上げる。

「…じゃあ、遊ぼうっか…。おままごとしよー、僕やったこと無いんだー!」

 そう言って、父を座らせる。

「…ボウヤ。お父さんは何役かな…?」

「んー?そんなの決まってんじゃん…」

 私は笑顔でそう言う。

 私は持っている包丁を見せる。

「…料理役だよ。この…ド畜生…!!」

 次の瞬間、父の首は綺麗に切り離された。

「あははははははははは!!!お父さん!!お父さん!!楽しいね!!楽しいよ!!!おままごとって!!あははははははは!!…あは…ははは…。…お母さん…!!う…う…んぐ…わあああああああああああああああああああ!!!」

 …父を殺したところで、母は帰ってこない。

 人は死んだら無になる。霊になって祟りを起こすなんて、嘘っぱちだ、霊が本当にいるんだったら、とっくの昔に父は呪い殺されている。

 …そして、私は最愛の人を殺された。よって、この世界の他の人類がどうなろうと知ったことじゃない。

 …だって、今も妙にお腹が減るんだから。


 ―父を食べた後、私は母の体を火で焼き、火葬した。

 …火が消えた、その場所には母の遺骨が残された。

「…ごめんね。お母さん…。僕…。人食人種になっちゃったよ…。お母さん…」

 そう言って、遺骨を土に埋めた。

 

 …数日、私は一人で暮らした。しかし、もう既に自分の中で穴が空いたのか、全てが不完全燃焼。

 …私は死に場所を求め、旅に出た。


 外の世界は人間が沢山いて、とても死に場所なんて見つからなかった。

 …私はその間も沢山の人を食べていった。

 死にたいと思っても、お腹が減ると、自分を制御できなくなる…。何ともまあ…都合の良い体だ…。


 …今日も、私は一人夜道を歩き、茂みで人を食らった。


「…わちゃ~。凄いことやっているね、君…」

「…!?」

 気付くと私の後ろに一人の男が現れた。

 …見られた…?

「……。」

 私は、男の方に威嚇した。

「…おお、怖…。大丈夫だから、俺は君を警察になんか突き出さないよ」

 男の言葉に興味を持ったのか、私は威嚇を止めた。

「…どっちかっつーと、俺もそっち側の人間だからね。…カニバリズムじゃないけど」

「…それは、どういうこと?」

 私は質問をした。男は私の反応を見て、笑いだした。

「噂に聞いてたんだ。最近ここ辺りで、謎の白骨遺体が沢山落ちているって…。俺はふと思い当って、行ってみると可愛い子供が人間を食べているじゃないか!…ってね…」

 男は私の頭に手を乗せ、視線を私に合わす。

「…もしかしたら、君は人間を食べることを良いことと思っていないと思う。…じゃなきゃ、こんなところでこんな時間にわざわざしないしな…。でもね、君は重大な勘違いをしている…」

 男の声が次第に大きくなる。

「勘違い…?」

 私は問う。

「ああ…。人間を食うことは自然の摂理上、全く問題ない。…自然界には、食物連鎖というものがあって、その頂点に立つ種族は常に少なかった。…しかし、人間の発生により、その連鎖は大きく歪んだ。食物連鎖の頂点に一瞬で君臨し、それでかつ、人間達は繁殖を続ける…。結果、この地球の環境は著しく劣化した。…全ては人間のせいだ。…今この時世で、私達人間がするべきことは、『食物連鎖の修正』そのためには、人間の人数は多すぎる。だから少しでも、人間を減らすことに徹すること。そして、君はカニバリズム。…俺は、人身売買の裏稼業をしているんだよ。…もう、俺が言いたいことが解るよね?」

 男は私に答えを促す。

「…すみません。解らないです…」

 男は苦笑した。

「あらら~…。まだ君には、難しすぎたかな?君、俺の下で働いてくれないかな?…どうせ君、死ねないんでしょ…?」

「……!?」

 私は、はっとして腕を隠した。

 …腕には、醜い傷跡が残っていた。

 そう、私はあの事件の後、何回も、自殺を図った。…しかし、何処をどうやっても死ねない。

「…なら、私のやろうとしていることに協力してもいいと俺は思う。…その方が君にもメリットがあると思うんだ」

 …私は、一時そこで固まった。男の言葉には何処となく説得があった。

「…解りました。…手伝います…」

「そうか!よろしくな!」

 男はそう言って、私に握手を求めた。


「…そして、今の私に至る…」

 家主は写真立てを改めて見る。

 …そこには、母以外の顔が破り取られている家主の家族の唯一の家族写真だった。

「…坊ちゃま。頼まれていた最近入荷の人間のリストです」

 執事がファイルを持って、家主の部屋に入った。

「ありがとうございます…」

 そう言って、家主はファイルを受け取る。

『パラパラ…』

 家主は、とあるページで止まった。

「…もう、潮時ですかね…」

「坊ちゃま…」

 家主は、ファイルをゆっくり閉じる。

 …あの子は、ちゃんと私の言ったことを聞いていてくれたんだろうか。

 …まあ、もう頃合いだったのかもしれない。

 家主はもう冷え切ったお茶を全てすすった。

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