第3話

―とある、不幸な少女の話。

 今から少し昔、決して裕福ではないが、幸せな三人家族がいた。構成は父、母に九歳の少女となっていた。

 しかしある日、父が勤めている会社の事業が失敗して、何故か責任が父の方に向き、家庭に膨大な借金がのしかかった。

 この家族は駆け落ち結婚だったため親戚はおらず、しかしながら、借金は常人が働いて返されるようなものでは無かった。

 父は無気力状態に、母は元々体が丈夫で無く徐々に衰退していった…。九歳の少女も、次第に瞳から生気を感じられなくなった…。

 ドアの外からは、借金取りの怒鳴り声と無理やりに叩く音だけが響いた。

 そして数日経って、叩かれ続けて脆くなったドアが壊れた。

 …借金取りは、家の中の情景を見て唖然とした。

 父親が今まさに、母親を殺す直前だった…。母親も抵抗するわけでもなく、涙を流すわけでもなく、ただされるがままの人形のような状態だった…。借金取りは二人を引き離した。

 …借金取りも同情したのだろう。その後は、借金の催促をせず、家族に少しばかしの食糧を食べさせた。久々の食事のおかげか、家族の表情に生気が現れてきた。

 …しかし、そんな至福な時間も束の間、ドアから新たな客人が来た。

 客人は、借金取りのラフな服装とは正反対な細身な黒いスーツを着ていて、サングラスをかけていた。

 借金取りは「誰だ?」と客人を問い詰めたが、客人は借金取りの腹部を殴り、気絶させた。

「…用があるのは、貴方達の方なのですがね…」客人はそう言って、家族の方に歩み寄った。

 少女は客人の顔を見て、何かを感じ取ったのか、客人から逃げようとした。

 が、客人は少女もろとも家族全員を捕まえ、見た目からは想像のつかない腕力で、外にあった巨大トラックに家族を閉じ込めた。

 …トラックの中には、家族以外にも人が沢山いた。皆、一様に生気の感じられない人だった。少女は、異常な光景に驚いて、泣き出した。…が、他の人はおろか、少女の親ですら一切の反応を示さなかった。

「…ここが地獄…」少女はそう悟った。

 その後、少女も何も言わなくなった。

 

 …しばらくの時間が経った、トラックのエンジンの音が止まり、さっきの客人に、家族達は外に出された。

「健康診断だ」客人はそれだけ言って、家族から採血を採った。

 その後、客人は家族達の血液を吟味し、ノートに書きだした。

「…そこのおっさんとおばさんは無理か…」客人はそう言った。…客人の視界には、父親と母親が居た。

 客人はナイフを取り出し、それを父親と母親に見せた。

「貴方達は商品にならないので、死んでもらいます…」


『グニュリ』

『グリッ』


 一瞬だった…。客人が持っていたナイフが、父親と母親の心臓に突き刺さり、そのままえぐられた。

 少女はいきなりのことに、何の反応も出来なかったが、後に親が殺されたことを理解した。

「お父さん!…お母さん!…何で…!?お父さんと、お母さんを殺したんなら、私も殺してよ!!…ねえ…殺してよ…!!」少女は客人にそう叫んだ。客人は、冷酷な笑みを浮かべた。

「貴女を殺すなんて勿体無い。…貴女のような、生きの良い人間がよく売れる場所があるんですよ。…今日の出荷分は、決まりですね…」

 その後、客人は少女を別の車に無理やり入れた。

(売れる…?) 少女は意味が分からなかった。

 気付いたら、少女は船に乗せられた。

 船の中で気付いた。少女の誕生日が今日であることを…。

 人生最悪の誕生日を、少女は船の中で迎えた…。


 …そして、「あの男」に会った。


「…どうも、いつもお疲れ様です」

 男は、そういって、少女を引き取った。

「…ああ、女の子なんですね。よかったぁ…、最近、この島の女性率の少なさに困っていたんですよ…」

 男の表情は、少し優しかった。…しかし、少女は男から発する良からぬ異臭を嗅ぎ取っていた。

(何?この臭い…?)

 少女は少し構えた。

 男の表情は徐々に歪んでいく。

「ふふふ…。女性の肉は格別ですからね…」

『ビクッ!!』少女の背筋は凍った。

今、この人はなんて言った…?

十歳の子供でも分かる。この人はヤバイ…!

『ダッ』少女は逃げようと、駆け出した…。

「…どうしたんですか?お嬢さん?」

 …所詮は子供、大人の力には到底敵わなかった。

「逃げちゃダメですよ…。貴女には、今から稼いでもらわないといけないからね…」

 男は少女の胸倉を掴み、少女を持ち上げ、顔が男と同じ位置になるように、男は顔を近づけた。

 …男の顔は、完全に歪んでいた。

「お嬢さん。…君、年齢は?」

 …とてつもない威圧感が少女を襲う。

「…十歳…です…」

 少女の返答に、男の顔はさらに歪む。

「…で、初潮は?」

「…え?」

 男の言葉が理解できなかった。まだ幼い少女は、まだそういうことを知らない。男もそれを悟ったか、少女の胸倉から手を離す。

『ドサッ』

「ゲホッ…ゲホ…」少女はその場に倒れ伏せて、せき込んだ。

「おい…」

 男は、後ろの執事らしき人に命令を出した…。

「あのお嬢さんを、例の部屋に入れろ…」

「かしこまりました…」男の命令に執事は従い、倒れている少女を起こし、部屋に連れて行った。

 少女はまだこの時、気付いていなかった。

 …自分が、史上最悪のタイミングで誕生日を迎えてしまった人間であることに。

「…部屋に入りましたね。ふふふ…」

 男は、少女とは別の部屋で少女の部屋をモニター越しに確認していた。

「…ホルモン剤の準備が出来ました」

 執事が男の部屋に入る。男はホルモン剤を確認した。

「…よし、それをこれから毎日、あのお嬢さんに打つんだ」

 男はそう言って、執事に少女の居る部屋に行くように指示した。


『ガチャ』少女の部屋が開けられる。

「………」

 もう既に、少女はそんなことでは驚かなくなった。少し身構えて、執事のほうを振り向く。

「ホルモン剤を打ちこみますので、しばし、お時間をいただきます…」執事はそう淡々と言った。

 …時間なんて、とっくの昔に貴方達に奪われたよ…。

 少女は黙って執事の言うことに頷く。

 少女の体に、注射器が刺さった。全身に痛みが走る。…そして、注射が終わると、執事は言った。

「今日の注射の時間はお終いです」

 そして、執事は部屋から出た。

『ガチャ…』

「…………」

 少女は全てを悟った…。

 私はもう帰れない。私が知っていた、当り前でいた普通の日常には帰れない…。

 …私は今、生きながらにして『地獄』に居る。

 今さっきまで、かすかながらに希望があったのかもしれない。だから、あまり抵抗しなかったのかもしれない。まさかこの世に『地獄』があるなんて知らなかった。こんな閉鎖的な空間の中で、これから私は何をされるのか分からない。…しかし、監獄にずっといた方がここよりずっと快適なんじゃないかと思うほど、この部屋は不気味だった…。

 …気付くと少女の腕は震え始めた。

 腕だけじゃない、足、胴体、顔と徐々に全身が震えだす。

 …恐怖、絶望、悲愴…この世の言葉で表すことができるだろうか、今の状況を。

 

 ―そして、少女はその日から毎日、この部屋でホルモン剤を注射された。

 

 …結構な日数が経っただろうか。ある日の朝、少女の寝ていたベッドのシーツが赤く染まっていた。

 …初潮が…来た…。

「…ようやく、来ましたね…。待ちくたびれましたよ…」

 男がドアの前に立っていた。

「これで…、働くことが出来ますね…ふふふ…」

 男は歪み笑う。

「働く…?」

 少女の問いを無視するように、男は執事に指示を出す。

「…もう、既に予約でいっぱいでね。…お客様を待たせてはいけない。車に乗ってくれ」

 口調とは裏腹に、強引に男は少女を掴み、車に押し込んだ。

 車は執事が運転していて、後部座席には男と少女が並んで座っていた。

「…世界には、…いやこの国にも言えるか…」男は口を開く。

「どんなにえげつないことをやってもね、咎められない人間がいるんだよ。…私もそうだ」

 男は一枚の紙を見せた。

 …『死亡届』。名前の欄には、少女の名前が書かれていた。

「…!?」

「君は社会的にはもう死んだ人なんだ…。『死』という事実があるうえ、私は君を自由に使う権利が回る。…死んだ人間には人権など存在しない…」

 男は大きな袋を取り出した。…中には、華やかなドレスが入っていた。

「君は今から、私の商売道具になってもらう…」


車が止まり、次は船に乗せられた。

「商売品が汚れていては、台無しだ…。シャワールームで体を洗って、このドレスを着ろ」

 少女は男に言われた通りにした。

 ドレスは、御伽話に出るお姫様のようなものだった。本来なら、喜んで着たであろうこのドレスも、この状況下では喜びなど一切無い。

「終わりました…」少女は男に報告をする。

「ようやく…、商品らしくなったな…。あと少しで到着する。…適当に時間でも潰してろ」

「はい」

 少女はその場に座った。何を見るわけでもなく、ただ無心で座っていた…。


「…着いたぞ」

 男の言葉と共に、少女は無理やり立たされ、歩かされた。


 外はすっかり真夜中だった。

「…今日は、あのホテルの部屋に行け。お客様が待っている」

 男に指示を受け、少女は執事と共に、ホテルへ向かった。


 少女はまだ、仕事内容は知らなかった。

 …ホテルの部屋に入ると、そこには小太りのいかにも金持ちそうな、中年男性がいた。

「…ほほう。よさげな子じゃないか…」

 中年男性は卑しい笑みを浮かべ、少女の姿を見る。

 少女は、身の危険を察知し、後ずさりをする…。しかし次の瞬間、中年男性は強引に少女の服を掴み、無理やりベッドに押し倒した…。

 衣類が徐々に、脱がされていく、その間にもしつこいぐらいに男は少女の体の至る所を触り続ける…。

 少女は逃げることが出来なかった、何故なら、この部屋の天井にカメラがあることに気付いた。…恐らく、あの男の監視カメラだろう…。今、ここから逃げたとして、恐らく部屋の前の廊下には執事がいて、私を捕まえる。…最悪、あの男に食われるだろう…。

 …どうあがいても『地獄』。

同じ『地獄』なら、一応商品としての存在価値がある、こっちの『地獄』の方が良いのかもしれない…。

 

 数分もの時間が経った…。中年男性は、満足そうな笑みを浮かべ、衣服を着る…。

 …ベッドには、中年男性によって、玩具にされた少女が倒れていた。

 その後、中年男性に連れて行かれ、ホテルの料理を食べた。

 …久しぶりにしては、まとも過ぎる食事だったため、少しばかりがっついて食べた…が、大して胃袋には入らなかった。

「ごちそうさま…」

 少女がそういうと、中年男性は「今日は楽しかったよ」と、ホテルの前まで送ってくれた。

 しかし、少女は礼を言わなかった。…当り前か。

 ホテルの前には、男が立っていた。

「お疲れ様です…」

 少女は男に引っ張られた。そして、中年男性に交渉をし始めた。

「…何を言ってるんですか?おじさん。少女の体はそんなに安くはありませんよ?桁が一桁ずれています」

 男の言葉に中年男性は困りながらも了承した。

「ありがとうございます。またのご利用をお待ちしております」男は笑顔で、中年男性と別れた。

 そして、また少女は車に乗せられた。

「…君はもう気付いているかもしれないけど…」

 男は少女に対して口を開く。

「君には逃げ道は無い。俺の言う通りにすればいい…そうしたら食わないし、殺さない。…ただ、身体的、精神的にはきついかもな…」

 少女は男の言葉に少々驚いた。少しではあるが、少女のことを心配しているようだ。

「但し、逃げようなら容赦しない。…こいつみたいに食われるぞ…」

 そういって、下に置いてあったクーラーボックスから、人の腕を出して、その肉を食らった。

 前言撤回。この男には血も涙も無い。そういう人間だった。


 …その後、少女は事あるごとに、売春された。

 回数が増えるごとに、恐怖は無くなっていき、仕事をこなすようになった。

 しかし、一般的な性交に得られる快感は一切存在しなかった。只の作業、工場の流れ作業と同じ、ただ、来た仕事をそのまま実行するだけ。

 回数が増えるごとに感情も薄れていく。徐々に徐々に。

 しばらくすると、少女以外にも別の新人の少女が男の元に売られ、売春をさせられた。

 その新人の少女は、恐怖で気が狂ったのか、いきなりホテルから逃げ出そうと男性に暴力を振るった。

 すぐさま、待機していた執事に新人のその少女は捕えられ、男の待つ、車へ連行された。

 男の乗る車には少女も乗っていた。男は執事に連行される新人の少女を見て、苦笑した。

 そして…、

『パンッ!』

 気付くと、新人の少女の脳天に穴が空き、鮮血が吹き出した。

「…ダメだよねぇ。この子みたいに、ちゃんと仕事に従わないとねぇ…」

 男は、新人の少女の死体を掴み、持ち上げた。

「だけど、丁度良かったよ、今日は晩酌したかったんだよね…。手間が省けたよ。」

 男は死体をクーラーボックスに入れ、車に乗った少女に仕事の指示をした。

 その時、少女は思った。

 …仕事に従えば、死ぬことは無い。今は死ぬほどつらいかもしれない。…けど、生きていたら何かしらの幸運が舞い降りてくるかもしれない。…なら!


『私は生きる』


 …と、少し長くなったけど、少女の話はおしまい。

 

「着いたな…」

 車に乗っている家主がつぶやく。

「それでは…」執事が催促を促す。

「仕事の時間です、…由雨様」

「…かしこまりました」

 由雨は、いつも通りホテルの個室へ行った。


 部屋を空けると、そこにはもう既に今日の客はいた。

「あっ!すみません、遅れてしまいました!」

 由雨は一礼し、営業スマイルをする。

「あ、いや…。時間には間に合っているよ…。こっちの時間に余裕があったから少し早く来てたんだ…」

 客は何処となくたどたどしい口調で言う。

「そうですか…?」

 由雨の返答に、客は俯く。そして、そのまま、沈黙が広がる。

「…このままなのもあれですから、もう始めましょうか?」

 由雨は客にフォローを仕掛ける、客はおどおどしながらも了承し、ベッドへ向かう。

 由雨は、客の挙動が明らかにおかしいのに気がついた。…何かを企んでいるような、何か慣れないことをしようとしているような、そんな挙動だった。

 

 由雨は、ベッドに倒れ、ひとおりの行為をした。

 …行為もひと段落を終え、由雨が乱れた衣類を直している時、客は急に立ち上がった。

「由雨さん!こんな職業辞めて、私の元に来ませんか!!」

「はい…?」

 由雨は、唖然とする。

「貴女はそんなに美しいのに、こんな職業に就いているのはおかしい!私が助けます!」

「………」

 由雨は、客の顔が見られなかった。

 …嬉しいとかじゃない。過去にも、こういうケースはあった。そして…、結果も見えている。

「…その言葉は嬉しいけど。無理だよ」

 由雨は客にそう言う。

「な!何でですか!?」

 男の問いに返答する代わりに、着ていたドレスの内側を見せた。

「な…っ!?」

 そこには…、盗聴器があった。

「…残念ですが、貴方はもう終わりです」

 由雨がそう言い終わる頃には、客のサイドに、家主が立っていた…。

「いけませんねぇ…。当店の商品はレンタルのみですよ?…窃盗とは感心しませんねぇ…」

 家主の指がトリガーにかかる。

「ヒッ…!!」

 由雨は、悲しそうに瞳を閉じた。

『パンッ』

『ドサッ』

「…当店では、窃盗をしたものには『死』を持って償ってもらいます…。ふふふ…」

 家主は冷酷に笑う…。

「困りますよねぇ…。ま、食材のストックが増えてこっちとしては万々歳ですが…」

 家主からのアイコンタクトを受け取り、由雨はホテルを後にした。

 車に乗り、家主はさっきの客の財布を漁っていた。

「…うわぁ、こいつカードと名刺しかないのか。硬貨使え、硬貨。…ったく、…お?」

 家主はカードの束の中から一枚の名刺を見つけた。

「…ふーん。そういうことか…。ね、由雨さん?」

 家主が由雨の方に顔を向ける。

「…何ですか?」

「ほら、さっきのお客様の名刺」

 家主はそう言って名刺を由雨に渡した。

「…!?」

「…どうやら、偽善者だったみたいだね…。ふふふ…」

 名刺は風俗店のものだった。

「…その店、雇った女性は使い物にならなくなるまで、酷使するって、業界じゃ有名ですよ。客も卑劣な行為を要求しますし。…しかし、あの人がオーナーだったんですか…。人は見た目じゃ分かりませんね…。ふふふ…」

 由雨は少し驚いたものの、直ぐに平常心に戻った。

 …そう、私の世界にいる人間はそんな人ばっかり。不幸な人間を更にどん底に落とし、自分にすがらせ、自分の奴隷にする…。そんなこと、私が一番知っている。今回のケースも、今までに無かった訳では無かった、なのに今回は何でこんなに悲しかったんだろう…?

「………!?」

 由雨の脳裏に一人の男の顔と一つのセリフを思い出した。

『…なら、俺にメリットを求めたらいい』

 …ああ、あの男のせいか…。

 ようやく分かった。何で私があの時、涙を流したのか…。

 今まで、幾人の人が私を助けると言ってきた。…しかし、実際はその言葉には裏があり、今回のケースのように「自分の奴隷にする」や他にも、自分の名誉等、要するに私を助けることにより発生する自分へのメリットを、今までの人達は求めていた。

 …しかし、あの男…、史那さん違った。史那さんは私にメリットを与える形で、私を助けようと考えている。…つまり、そう言うことなんだ。

 由雨は、どこかスッキリした表情をして、車窓の外を見た。

「…そういえば昨日、新しい在庫が島に着きましたよね?」

「…!?」

 家主の言葉に由雨は過敏に反応してしまった。

「…それが、どうしたんですか?」

 由雨は聞き返す。

「いやですね、最近忙しくて、在庫の確認が疎かになってしまいましてね…。由雨さんなら知っているかな?と、おもいましてね…」

 家主は苦笑交じりに答える。

「そ…そうですか…。確かに、いましたよ、新しい住人が。男の人でした…」

「そうですか、…最近、また女性が少なくなりつつありますね…。由雨さん、情報ありがとうございます」

「………」

 家主の感謝の言葉を受け取ることを却下するように、由雨は車窓の外に視線を変えた。

「由雨さん…」

家主がまた由雨にしゃべりかける。…しかし、今回は少し声のトーンが違った。

「…あまり、あの島の住民に気を回すことは推奨しません。…由雨さんにも不利益ですし、住民にも不利益です…」

「………」

 由雨は車窓の外から視線を変えず、ただただ聞いていた。


 島に着いて、由雨は家主と別れた。

「………」

 …いつ見ても、夜のこの島は不気味だ。人がいないのは当然だが、生気が感じられない。昼間は少なからず住民は活動しているから、そこまでではないが…。

「……?」

 暗闇の中に、何者かの動きが確認した。

 …誰?

 家主は、今日はもう狩りを行わないはず…。あの人は狩り貯めをすることはしないし…。じゃあ、誰が…?

 由雨はバッグに入っていた懐中電灯を取り出し、光を照らした。

「あ…!!」

「眩しっ…!あ、…ああ、由雨さん。…大丈夫ですか?」

「………」

 驚いた。そこには、史那の姿があった。

「…どうしたんですか、史那さん?こんな夜中に出歩くのは危険だっていったじゃないですか!?」

 由雨の言葉に史那は口を噤んだが、やがて口を開いた。

「…ごめん。でも、昼間の由雨さんの様子がおかしかったから、少し気になって…さ…」

「…それだけですか?」

 由雨は聞き返す。

「うーん…。そういう返答されるとなあ…。まあ、これは直接的な理由じゃないけど…」

 史那は由雨の懐中電灯を取り、由雨に向けた。

「由雨さん。君は、この島について詳しいみたいだから。今日から俺は、君の元で動こうと思う…」

「え…!?」

 よく理解が出来なかった。彼は一体何を考えているのか…。

「そんなことして…、史那さんには何のメリットがありませんし、そもそも私が下衆に使うかもしれないんですよ!?」

 声が震える。受け入れたいのに、拒んでしまう。

 史那は、軽く笑って口を開いた。

「…だから、君もメリットを求めていいんですよ。由雨さん。君は、俺にこの島がどんな島なのかを教えてくれた。教えてくれなかったら、俺はもう狩られていたかもしれないんだ。感謝している。…だから、俺が受け取るべきメリットはもう十分。その分、由雨さんにもメリットを与えたって、誰にも咎められないと俺は思うけどね?」

 由雨は史那の言葉を聞いて、どうしたらいいのか迷った…。『私はこの人を信じて良いのか…』と…。

「…別に、信用なんかしなくていいよ。君もそんな平和的な環境で過ごして来た訳じゃないんだ。俺が信用できないのも分かる。その場合でも、俺はこの島を出るために家主を逆狩りしようと思っているから…」

「!?…逆狩りって…」

 由雨は身構えた。

「…ああ、狩りっていっても殺しはしない。…いや、場合によっては、気絶ぐらいはさせるかな?…まあ、とりあえず殺しはしない。殺さずに、家主に島から脱出できるように説得する。…そのために俺は行動する」

「………」

 由雨は、唖然とした…。本来ならアホらしくて、聞く耳をも持てないような作戦だったが。何故か、彼の言葉に圧倒された。

「…本気?」

「本気だ。…その方が君にもいいだろ?」

「………」

 …久しぶりに見た。人間の瞳って、ここまで美しく輝くんだね…。

「…分かったわ。…その作戦、私が主導権を頂きます」

 由雨の言葉に史那は少し嬉しそうな顔をした。

「それが…、君の望むものなら、よろしく頼むよ…」

 そして、由雨と史那は誓いの握手を交わした。

 

 今見ている景色は、さっきまでの景色とは違って見えた。…少なくとも、私にはそう見えた。

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