ことの始まり

ことのはじまりは、ささいな出来事だった。

勝手に冷蔵庫のアイスを食べたとか、

お気に入りの下着の洗濯に失敗したとか


そんな思わず忘れてしまうような

小さな出来事から

互いを糾弾しているうちに

あらぬ方へと怒りが向いて

気づけば家を飛び出すほどの大喧嘩に発展してしまったらしい。


彼女が泣きながら電話をかけてきた時

何事かと思って話を聞くと

「もうあんな家いられない。出て行く。」

の一点張りで


喧嘩のきっかけがどうのこうのというよりは

膨れ上がった母親に対する怒りが

その矛先を失い

彼女を突き動かしているようだった。


妙な正義感が湧いてきて

気がついたら彼女に会うため

家を飛び出していた。


僕の家から自転車で15分。

閑静な住宅街に突如現れる

鬱蒼とした森林公園。


昼間とは一変して公園は静謐に包まれていた。


いつもは子供たちで溢れかえっているこの場所も

今はまるで違う表情をしている。


誰もいない空間に

冷たい遊具がぽつりぽつりと浮かんでいて

その心許なさに僕の勇気は

ぽっきりと折れてしまいそうになる。


彼女を助けると

一大決心をしてここまで来たのに。

ごくりと唾を飲み込んで

公園の中に足を踏み入れる。


一歩あるくごとに、

じゃりっ、じゃりっ、と砂の音がする。

いったいぜんたいどこにいるんだろう。


ひとつずつ遊具を回って

中に彼女か潜んでいないか確認してみる。


ブランコを揺らしてみたり、

滑り台の下を覗いてみたり、

いないとわかっていても

そうする事が決まっているみたいに

僕はひとつずつ丁寧に遊具を見て回った。


ひとしきり探し終わったあと

後回しにしていた最後の遊具に近づく。

冷たい遊具の中でも

一際不気味な存在感をはなっている

巨大なタコを模したすべり台の中に、彼女はいた。

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