第3話 スライムが生涯のライバル

 戦礼せんれいの儀から数日が経ったが、未だに俺の状況は変わらなかった…。


 この世界では配布武器以外の獲物を使用するという概念が無い。なぜなら、配布武器は神からの賜り物であると同時に、自分が最も適性のある武器を授かるからである。


 加えて一神教であるこの世界で神に背く者などそうはいない。


 しかし、爪楊枝つまようじが俺の最適武器だなんて到底納得できないだろ。


 今朝から町付近の森に出現する、人畜無害の最弱モンスターであるスライムを倒すべく奮闘しているが…全く勝てる気がしない…。


 スライムのHP10に対して俺の爪楊枝つまようじによる刺突のダメージはたったの0.0005…。


 モンスターや人間、全ての生物は時間経過共に体力を自然回復する。俺の与えたダメージより自然回復量が多い…故に倒すことができないのだ…。


 まさか生涯のライバルがスライムになるとは…。

 あまりの情けなさに涙で前が見えなくなる。


「まだ…素手で殴ったほうがダメージでそうだな…」


 この世界ワーテルは実力至上主義である。

 力そこが絶対で力の無いものに人権はない。

 ただ…力といっても多種多様だ。


 武力、智力、魔力、富力、 コミュ力、魅力、創造力などあらゆる力が総合的に評価され、その人の地位が形成される。


 戦礼せんれいの義を受けた後、俺が武器屋に行っていることやチンピラにはったりをかましたこと…。英雄の息子という事も相まって、俺が神器じんぎを賜ったという噂が瞬く間に町中に広まっていた。


 そういった経緯もあり、スライムに苦戦しているとこを見られないため、俺は人目を忍んで森の中で戦闘している。…もはや戦闘というよりはスライムと戯れているようにしか見えないかもしれないが…。


「おい…お前!」

 戦闘に集中していると突然声を掛けられた。


「うっ…」

 人目を忍んでいたこともあり、驚いて挙動不審になる。


 声のする方へ顔を向けると、赤毛でショートカットの少女が立っていた。

 襟足を三つ編みにしてそれを金の装飾で留めている。


「何をそんなにビクついている。やましいことでもあるのか?」

 少女はえらく高圧的で、俺に対する嫌悪感が滲み出ている。



「あっ…、いや…別に何も…」

 どうして初対面の人間にここまで威圧されなきゃいけないんだと思いつつも、少女の態度も相まってろくな返答が出来なかった。これでは、やましい事があると肯定してるようなものだ。


「まぁいいや。お前はルーカス・バートリーの息子、ダニエル・バートリーで間違いないな?」


「えっ!?……そうだけど…何の用かな?」

 唐突に出された父さんの名前に、驚きはしたももの少女に対する警戒心を緩めてしまった。


「…死ね!!」

 少女はそれだけ言うと突如巨大な大剣を召喚して、俺の頭上目掛けて振り下ろしてきた。


「うぉっ!?」

 すんでのところで俺は横に転がり大剣の一振りをかわす。


「グッ…」

 直撃は免れたが、大剣を振り下ろした衝撃で地面がぜ、石の破片が俺の体中に突き刺さる。


「いったい、なんなんだよ!」


「お母さんの敵だ!死ね!」

 赤毛の少女は有無を言わさず再度、俺に切りかかってきた。


 彼女は自身の三倍の大きさはあろうかという大剣ラージソードを軽々と振り回している。いったいあの小柄な体格のどこに、これほどの膂力りょりょくを秘めているんだよ。


 俺はとりあえず大量の爪楊枝つまようじの波で赤髪の視界を遮る。


「うっ…」

 赤毛の少女は一瞬怯んだが、直ぐに大剣ラージソード爪楊枝つまようじの波を払いのけた。


 その隙に俺は手近な木の陰に身を隠す。


「それがお前の神器じんぎか?えらく拍子抜けだな!」


 拍子抜けで当然だ。なんせただの爪楊枝つまようじだからな。

 木の陰から彼女の大剣ラージソードを観察する。 両刃ダブルエッジか…。


 こんなことなら早めに魔力を測定しとくべきだった。残りの魔力で、あとどれだけ爪楊枝つまようじを召喚できるかわからない!


「…逃げたか?お前の父親も同じように、私のお母さんを見捨てて逃げたんだ!!」

 赤毛の少女は更に感情がたかぶり叫ぶ。


「いくよ!“大鷲おおわし”」

 彼女の掛け声と共に手にしていた大剣が数倍の長さに伸びる。


 マズイ!俺は咄嗟に地面に伏せる。

 次の瞬間、俺の頭上を巨大な何かが通り抜け、周囲の木々が薙ぎ払われる。


 クソッ!何で俺がこんな目に合うんだ!父さん、いったいどんだけ怨みを買ってるんだよ。


 こうなったらヤケだ!

 俺は散乱した木片の中から這い出て立ち上がる。


「…そこにいたか、腰抜けめ!」


「さっきから好き勝手言いやがって!見せてやるよ俺の全力を」


 俺は魔力を集中させながら突進した。


 …奴の一撃さえかわせば勝機はある。

 俺は視界を遮ろうと大量の爪楊枝つまようじを召喚し、カーテンのように彼女との間に幕を張る。赤毛の少女は再び数十メートルはある大剣ラージソードを物凄い速さで横に薙ぐ。


 俺は姿勢を低くして大剣ラージソードをかわす。

「もらった!」


 俺は体制を整え、赤毛の少女に向けて手をかざす。

 彼女までの間合いはおよそ1m。


 これなら召喚の座標指定できるギリギリの距離…いける。


“秘剣・燕返し”

 赤毛の少女がボソッと呟く。


 俺が魔力を練ったその瞬間、振りきった筈の彼女の大剣ラージソードが俺の首目掛けて、切り返してくる。そして、いつの間にか大剣ラージソードの大きさが赤毛の少女の等身大ぐらいになっていた。


 マジかよ!あれだけの質量の獲物を振り抜いて、速攻で切り返せるだと…。


 俺は咄嗟に首を斜めに曲げ、素手で大剣ラージソードに沿うように爪楊枝つまようじを木目調に組み上げ、レールのように連なり召喚する。


 奇跡的に大剣ラージソードの斬激を僅かに頭上へずらした。


「今度こそもらった!」



 俺は全魔力を練り上げ赤毛の少女にまとわりつくように、爪楊枝つまようじを召喚していく。



 爪楊枝つまようじの召喚範囲を半径1mに留め絶え間なく召喚し続ける。


 彼女は一瞬悲鳴を上げたが直ぐに大量の爪楊枝つまようじに呑まれ、悲鳴が途切れた。


 爪楊枝つまようじが高密度な球体の牢獄となり赤毛の少女を圧迫する。


 爪楊枝つまようじが霧散しては召喚され、球体を維持出来るよう俺は集中する。


 絶え間なく魔力使用による紅い雷が周囲へ迸っている。


 数分が過ぎ、俺の集中力が途切れ、赤毛の少女は解放された。


「ハァ…ハァ…ハァ」

 俺の息は絶え絶えで呼吸するのが苦しい…。


 一方、赤毛の少女はというと地面に仰向けに倒れていた。微かに胸が上下しており、生きていることは確認出来る。


「ハァ…ハァ…どうだ!」


 クソッ!気絶している少女に向かって威勢を張ってしまい何だか恥ずかしくなる。


 それにしてもあれだけ爪楊枝つまようじを召喚したのに、対してダメージは与えれてないな。彼女の衣服に傷がほとんどついていないことが威力の低さを物語っていた。

 彼女が気絶したのは…圧迫され呼吸が苦しくなったんだろう。


 赤毛の少女をそのままにはしておけず、彼女を抱え自宅のベッドへと休ませることにした。


 自分の命を狙った相手たが、どうして父さんを怨んでいるのか聞きたかったこともあり、助けてしまったのだ。


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俺の配布武器が爪楊枝な件について 那須儒一 @jyunasu

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