空を見上げて
今日も同じ景色だ。
灰色のタイルが張られた歩道を黒い革靴がゆっくりと踏みしめている。
(これで何回目だよ…。)
周りの奴はとっくに内定をもらって最後の学生生活をたのしんでる。
俺は、この就活で何度目かわからない面接を受けてきた。その帰りに、珍しく手ごたえを感じていた会社から”お祈り”の連絡が届いた。
これで何社から祈られたかわからない。なんども落とされていると、俺は必要のない人間なんじゃないかという気さえしてくる。
これまで、ろくな挫折を味わってこなかったことがここで一気に押し寄せてきているような気がする。
(…最悪だ。)
今までの人生が否定されるような最悪な気分だ。
ほぼ思考停止した状態で家に一番近いコンビニに吸い込まれる。コンビニの奥に足早進んで、いつも飲んでいるストロング系のレモンチューハイの500缶を2つ手にとり、レジに向かう。
「あら、お疲れ様。」
ふと顔を上げるとよく会う顔見知りの店員さんだった。大学に入ったばかりのころ金欠でもやし生活をしていた頃、コピー機を使いに来た時にあまりの空腹にコピー機の前でしゃがみ込んでしまった。その時に、心配してチキンを一つくれた店員さんだ。その時の縁で、こうしてレジで会うと忙しくないときであれば一言二言話すようになた。
年代のせいもあるだろうが、母親のようだと勝手に思っている。
「お疲れ様です。」
無理やり笑顔をつくって挨拶をすると、その人は目ざとくその様子にきがついたようだった。
「随分顔色が悪いわね…。まさか、これだけでろくに食べてないの?」
店員さんはちらりとお酒の缶を見て、心配そうに言う。
「いや…、まぁ…。」
すこし母親に叱られた時のような気まずさを感じ、歯切れ悪く返事をする。
「…ちょっと待ってて。」
そういうと店員さんは、あの時くれたチキンを袋に包んで持ってきた。
お酒を入れたビニール袋と一緒に手渡される。
「え、これ。」
「おせっかいかもしれないけど、おばちゃんの奢りよ。それだけでも食べて。そうじゃないとおばちゃんが心配で倒れちゃいそうだから、ね?」
そう言われたら受け取らないわけにはいかない。
酒とホカホカのチキンを片手に一人暮らししているアパートについた。
最近は好きだった料理もせず酒だけ飲んでつぶれるように眠っているが今日はチキンもある。久しぶりに暖かいものを食べたかもしれない。
それだけで心が温まったような気がした。それでも寝る前に目をつむると不安が襲ってくる。たまらず残りの酒を流し込み、その日もつぶれるように眠りについた。
翌日前日のアルコールが残る頭を振り起き上がる。
(今日は嫌な夢を見なかった。)
いつも見る嫌な夢を見ずに済んだだけで、いくらか今日の気分はマシだった。
今日は面接の予定はないがゼミが午後一で入っていた。軽く身支度を整える。ゼミに行くだけだから面接のときほど気合は入れないが、外に出られるだけの格好にはなる必要がある。
予定の時間より少し遅く家を出てしまったため、すこし急いで大学へ向かう。
急いだおかげかゼミが始まる少し前に研究室前についた。そっとドアをあけると教授はまだ来ていないようで顔見知りのゼミ生が何人かいるだけのようだ。
そいつらは、俺に気づかず話をしているようだった。
「いま、お前内定何社目?」
「え、今は3社目だけど全部びみょーって感じ。本命はまだ残ってるし。」
「俺は、この前本命から内定もらえた。」
「いいなー。でも、ここはみんな内定持ってるからこんな話できるけど、ほかの奴にこんな話題振るなよ。この時期ナーバスな奴多いんだから。」
「あー、良太とか?あいつ、まだ決まってねぇのかな?まじめでいいやつなのにな。受ける会社のやつらが見る目ねぇんだなぁ。」
俺がいないからされている会話だ。ここで入れば、こいつらは気を使ってこの話をやめるだろう。そんな気遣いをここ数週間でよくされるようになってきた。内定を持ってないやつが少数派になっていた時期だからだろう。
本人たちは褒めているつもりなのだろうが、とことん卑屈になっている俺は嫌みにしか聞こえなくなっていた。
あいつらがこっちに気づいてないうちに踵を返して帰りたい。すごく帰りたい。
けど、あいつらが言うようにまじめな俺はそんなことができない。
はぁ、と軽く息を吐いてそいつらに近づいていく。
俺の存在に気づいた奴が、スッと周りの奴に目配せをする。
「おつー。」
「お、良太おつかれぃ。遅かったな。」
「まぁな。ちょい寝坊した。」
「めずらし。まぁこっち座れよ。」
俺はこいつらが少し前までしていた話は聞いていないふりをして、自然に輪に入るこの瞬間が一番惨めな気持ちになる。
そんな惨め気持ちのままゼミの時間が過ぎ、ゼミ終わりに誘われた飲みも断りそそくさと帰路についた。
(あいつらより真面目に大学生活は取り組んでたはずなのに…。)
そんなことを考えて、その情けなさに顔を歪める。
「…しんどい。」
家について、玄関を閉めた瞬間ぽつりと言葉がこぼれた。そこから我慢していたものがぶわっとあふれ出した。
自分の肩を抱きながらそのまましゃがみ込むと玄関に置いてあったビジネスカバンが倒れる。カランと金属の音がしたと思い見てみると鞄から空色の缶が顔を出していた。
(これは…。)
何社目かの面接の帰りに都築正樹先生の個展へ向かうご婦人…薫子さんからいただいたものだった。
そっと手にとると、カランコロンと音がした。
(まだ、残ってたのか。)
そっと蓋をあけると二粒の金平糖が残っていた。そのうち一粒をつまんで口に含むとやさしい甘みが口の中に広がる。
ゆっくり溶けていく甘みを感じながら、ふと思いついてクローゼットを漁る。
(あった。)
しまいこまれた絵画を引っ張り出す。俺がまだ大学に進学したばかりの時初めての都会での一人暮らしに落ち着かない時期にふらっと入った個展で買ったものだ。
その個展を開いていた画家は空の絵ばかりをかいていた。その画家が描いたはがきサイズの飛行機雲が一筋かかる青空の絵だ。
(やっぱりいい絵だな。)
なんでしまいこんだのかははっきりしないが、また見えるところに飾ろう。
広くないワンルームの部屋を見回して玄関の方にいく。
(よし。ここの飾ろう。)
下駄箱の上のものを片付けて、その絵を飾る。その横に薫子さんからもらった金平糖の缶も飾る。なんだかこの下駄箱の上はいつでも青空が広がるようだ。
(うん。気分がいい。)
うまく飾れたことに満足してその日は珍しく料理をして、健康的な時間に床についた。
それから何日かたった。
(よし。)
今日は、面接の日だ。身なりを整えて忘れ物がないか鞄の中身を確認してから玄関に向かう。
玄関にはあの空の絵画と空色の金平糖の缶が飾ってある。それを見て気分を上げる。ここ最近の出発よりいくらか威勢よく玄関を出た。
今日は足元ではなく前を向いて歩く。ふと、空を見上げるときれいな青空が広がっていた。
(あ、飛行機雲だ。)
空を見上げたのは数か月ぶりだった。その数か月ぶりに見上げた空にきれいな飛行機雲がかかっていた。
(今日は、いい日だ。)
自然に口角が上がり、心なしか軽い足取りで面接会場へ向かった。
空より 貝柱 帆立 @kai-hotate
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