空への願い_sequel
冬の寒さが弱まり、すっかり春めいた陽気のなか薫子はレースの日傘をさしてゆっくりと歩いていた。
正樹から送られてきた招待状に同封されていた案内地図と周りの建物を交互に見比べる。
(困ったわ…、このあたりはあまり来たことがないから迷ってしまったわね…)
困った様子できょろきょろしている薫子に周りの人は気づいてか気づかずか足早に追い越していく。
その中で、一人のリクルートスーツに身を包んだ就活生らしき男性が薫子を一瞬追い越した後に思い直したように踵を返した。
「あの…おばあさん、何かお困りですか?」
その遠慮がちな声に薫子は視線を向ける。
「まぁ、こんな往来でごめんなさいね。都築正樹さんの個展会場に向かいたいのですけれど…このあたりに疎くて、ご覧の通り迷ってしまったの。」
「都築先生の…。よろしければご案内させてください。そちらのギャラリーであれば私が行ったことがあるので、すぐにわかります。」
男性は薫子の手にある案内をのぞき込んで薫子を安心させるような声で話す。
「あら、お時間さえよければお願いしたいわ。」
その薫子の返答を聞いて、男性はすっと薫子の隣に並び一緒に歩き始める。
2人は他愛のない話をいくつかかわすと目的地の前に止まった。
「薫子さん、ここが都築先生の個展会場です。」
「本当にありがとう。まさか、良太さんが正樹君のファンの方だったなんて…、こんな偶然あるのね。」
少女のようにはしゃぐ薫子の様子に良太も思わず頬がゆるむ。
「そうですね。私も都築先生に絵を教えられた方のご親族にお会いできるなんて光栄です。それでは私はこれで失礼します。」
「ええ、本当にありがとうね。あ、ちょっと待って。」
薫子は、立ち去ろうとした良太を呼び止める。良太が何事かと薫子を見つめる。
「これ、正樹君へのお土産に買ったときに入れ物がきれいでいくつか買ったものなの。良ければもらってくれないかしら。」
そういって良太の手に乗せられたのは手のひらより少し小さめの金属に青い空の意匠がほどこされた入れ物だった。かるく動かすとカランコロンとかるい音が聞こえる。
「金平糖なの。あ、甘いものは苦手だったかしら。」
「いえ、甘いもの大好きです。ありがたくいただきます。」
実は甘いものに目がない良太は目を輝かせた。良太は、手を振る薫子になんども会釈をしながら人ごみの中に消えていった。
薫子は、良太が見えなくなると個展が開かれている建物中に入る。
「…まぁ。」
ギャラリーの中にはたくさんの人がいた。そして、その人たちは皆熱心に飾られている空の絵を見ていた。
薫子も美しい空の絵をゆっくりと見て回る。
いくつか絵を見たころ、薫子の後ろでざわめきが聞こえた。薫子が気になって振り返ると人ごみの向こうに頭一つ飛び出した壮年の男性が見えた。
「…正樹君?」
不思議とあの幼かった男の子の面影をその男性に自然と読み取った薫子は思わず、その名前を呟いた。
すると、その男性はすっと薫子に視線を合わせると紳士然とした顔がグッと情けない子供のような表情になって、人ごみを抜けて足早に薫子に近づいてきた。
「薫子さん、お待ちしておりました。」
嬉しそうに眉を下げる様子に、ますます幼かったころの正樹の面影を感じる。
「ふふ、すっかり大きくなったのに正樹君は正樹君ね。今日はご招待ありがとう。」
「まったく薫子さんにかないませんね。こうしてまたお会いできてうれしいです。」
お互いに親し気に会話を交わす二人の周りには正樹とつながりを持ちたい人が二人がどんな関係なのかを探るように集まっていた。
「まぁ、みなさんあなたをお待ちね。独り占めはできないわね。」
「あ、薫子さん。また、後日ゆっくりお話ししたいのですが…。」
周りの人に気を使って、さっと正樹から離れようとすると慌てたように正樹が薫子を呼び止めた。
「あら、うちへいらっしゃい場所は変わっていないわ。母も久しぶりに挨拶してもらえば喜ぶわ。」
「はい!ぜったいに伺います!」
その日はそのあと正樹は来客対応に追われたため、それきりの会話になった。
その個展から、数週間後家で薫子が空を眺めていると来客を知らせるチャイムがなる。
「はい。いま出ますね。」
慌てて玄関の戸を開けると手土産を持った正樹がたっていた。
「薫子さん、やっと会いに来られました。」
「ええ、上がって。ゆっくりお話しましょう。」
あの日と変わらず穏やかな空気が流れる家に正樹は入っていった。
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