第14話 結末は突然に
入ってきたのはとても貴族とは思えないような殺気を纏った男だった。バルドより背が高く、胸板が厚かった。その上、鎧まで着用している。
「ん? そちはナイトハルト将軍の息子にしては見慣れぬ顔だな。もう一度名を申せ。」
国王が知らぬ将軍の息子。一体どうしたことか。
「私が変わってご説明します。この子は先だって我がナイトハルト家に養子として迎えましたバラデュールと申します。もちろん養子縁組の届けは滞りなく。」
口を開いたのはナイトハルト将軍本人。
その時、やはりバルドの目が細まったように見えた。彼のことを知っているのだろうか。
「そうか。まあよかろう。では双方剣を選ぶがいい。」
先に選んだのはバラデュールだった。鞘に収まった二本の剣、見た目に違いはないが……
この会場の誰一人として国王の言葉『余興』を本気にしていない。今から目の前で殺し合いが始まることを当然だと考えている。アイリーンも涼しい顔をして文句一つない。
「バルドぉ……なーんでオメェごときが炎姫の婿なんだよぉ……お?」
「……様をつけろ……」
顔見知りなのだろう。
「勝者には余から褒賞を! 敗者には相応の懲罰を与える! 準備は良いな!?」
構えをとるバラデュール。何もしないバルド。
「始め!」
時間も惜しいとばかりに将軍の声がかかる。
「ギャハハぁ! 死ねやぁ!」
素早く剣を振り上げ、斬りかかるバラデュール。バルドも応戦するように剣を抜き、そして……投げた。
その剣はバラデュールの鎧、腹部に命中し、小枝のように折れた。
「なっ! ナイトハルト将軍! 仕込みましたね!」
シンクレアが叫ぶ。しかしアイリーンもバルドも表情に変化はない。
「シンクレア、黙って見ておれ。妾のバルドがあの程度で枷になると思うか?」
「殿下……」
バルドは鞘を持ちバラデュールと戦っている。
「チッ! さっさと死ねや! 炎姫は俺がかわいがってやるからよぉ!」
「……様をつけろ……」
バラデュールは剣奴上がりである。剣奴達の間では勝つためならどんな手でも使うことで知られていた。特にこの男が得意とするのが相手の剣への細工だった。この男が対戦相手と剣を合わせると、相手の剣が砕けることがよくあった。本人は『奥義 岩砕き』と呼んでいたが、信じる者はいなかった。事前に何らかの細工を施すことで相手の剣の強度を下げているらしい。そんな細工された剣などよりは鉄の塊である鞘の方が余程頼りになるというものだ。バルドの目に狂いはない。
「どうせオメェだってあの手この手で炎姫に取り入ったんだろぉが! 自分だけいい目見ようったってそうはいかねぇからよぉ!」
「様をつけろぉ!」
バルドが渾身の力を込めて鞘を振り抜くとバラデュールの剣は砕けた。腕の差は如何ともしがたいようだ。
「ま、待てぇ! いい話、うめぇ話があんだよ! オメェにもいっちょ噛ませてやるから助っけっ、ぬぶっ」
バラデュールは最後まで言葉を発することなく頭を潰された。もちろんバルドは無傷である。
数秒後、やはり乾いた拍手が響いた。国王だ。
「はっはっは。やるではないか。さすがはアイリーンが選んだ男だけある。それにしても不甲斐ないのは……ナイトハルト将軍! あれだけ仕込みをしてこの体たらくか? 申し開きがあるなら聞くぞ?」
「へ、陛下! いえ、この者は所詮剣奴上がりゆえ……我がナイトハルト家の正当な血筋ではなく、その……」
「遺言はそれでいいのだな?」
「え? ゆいご」
国王は自ら将軍の首を刎ねた。将軍とて国中に名を轟かす強者である。その首をいとも容易く刎ねてしまうとは……やはりアイリーンの父と言うべきなのか。
「皆に言っておく! アイリーンの婿はもはやこのバルドロウに決まった! 口惜しいことだがな! なぜ先ほどの戦いの最中に此奴の背後を狙わなかった! なぜ背中に魔法を打ち込まなかった! なぜ数人で囲んで一気に仕止めなかった! その結果が此奴をアイリーンの婿として認める結果となったのだ! 今日この場において文句がないのであれば! 今後一切何も言うな! 今なら許してやる! 此奴の首を狙いたい者は居らぬのか!」
国王の言葉は表面上はバルドを排斥したがっているように聞こえる。しかし、バルドにはなぜかその声が暖かく聴こえていた。
そしてアイリーンも声をあげる。
「先ほどバルドに対して不敬があった者がいた! マッケイン伯爵家のマルネノ、シタッパーノ伯爵家のルーサー、カーソイン子爵家のサイカッツ。この者らは既にバルド自ら首を刎ねておる! この後に及んでバルドを妾の婿として認めたくない者は名乗り出よ!」
「うわあああーー死ねぇ!」『
錯乱した貴族がバルドに魔法を放った。しかし、バルドは……
「はあっ!」
バラデュールが落とした剣を使い、斬り裂いてしまった。
「あ……あ……僕の火球を切るなんっ」
そして次の瞬間、バルドによって首を飛ばされた。
「さあ! もう居らぬのか! ならばバルドに文句はないのだな? 忘れるな! この男! バルドこそ! 妾の夫となるのだ! 分かったか! 分かったなら態度で示せ!」
荒ぶるアイリーン。剣を肩にかけ殺気を撒き散らすバルド。真っ先に動いたのはシンクレアだった。
「殿下とバルドロウ殿に忠誠を誓います。」
そう言って跪いた。シンクレアほどの女傑がそうしたのだ。後は雪崩をうつように次々と貴族達は忠誠を誓っていった。
勝ったのだ。バルドは、アイリーンは。この国の多数を占める貴族達を抑え込むことに成功したのだ。
「さて、余興も終わったことだ。パーティーの続きをしようではないか。」
国王の声がかかる。三人も死んだはずなのに何事もなかったかのように。血の跡も残っていない。いつの間にやらきれいになっていた。音楽が奏でられる。アイリーンはバルドに飛びつき踊るよう催促している。快く応じるバルド。シンクレアもそこらの貴族令嬢とダンスをしている。踊っていないのは高位の男性貴族だけだった。
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