第13話 決戦は誕生日

控え室を出たバルドとシンクレア。向かう先はアイリーンの自室である。控え室からはかなり遠いようだ。


ようやく着いたらしく、シンクレアがドアをノックしている。ドアが開き侍女が二人を迎え入れる。


「殿下、本日の誕生日祝着至極に存じます。」


「おお、シンクレア。よく来てくれた。バルドも……普段の獣のようなそなたも魅力的だが、礼服に身を固めたそなたの凛々しさは……一声で大軍をも圧倒しそうでないか。」


バルドが口を開かない。アイリーンを見つめたまま固まっている。


「バルド? どうした?」


「……アイリーン……きれいだ……」


「バ、バルド……」


顔を真っ赤にして伏せるアイリーン。よく見れば細く白い指先までもが紅潮しているようだ。


戦うしか脳がなくても王女殿下である。これまで数々の男性貴族から幾度となく容姿を褒められてきた。しかし、バルドの心からの賛辞に比べたら何と薄っぺらいことか。

『巧言令色すくなし仁』という言葉があるが、これは真逆。『拙言木色溢れる愛』とでも言うべきか……などとシンクレアは考えていた。しかし、そろそろ時間がなくなってきた。


「ドレスアップされた殿下は最高に素敵ですもの。バルドロウ殿でなくても見とれてしまいますわ。では今日の段取りを確認しておきますよ。」


シンクレア、やはり頼りになる女傑である。流れを確認し、バルドが先ほど見事な剣を見せたこともさらりと報告している。




そしていよいよ二人の出番が近付いてきた。シンクレアはすでに会場へと移動している。会場の空気はと言うと、やはりピリピリしていた。音楽は演奏され、踊るカップルもいる。料理に舌鼓をうつ者もいれば、すでに酔い始めている者もいる。しかし、つい先ほど首を飛ばされた三名がいるように、パーティーが無事に終わることを予想している者はいなかった。


バルドにとって最大の障害となるであろう存在は、やはりナイトハルト将軍だろう。何名もの将軍を輩出したナイトハルト家の生まれであり野心家としての顔を隠そうともしていない。




「陛下、此度はアイリーン殿下の二十三回目の誕生日、まことにおめでとうございます。」


「おお、ナイトハルト将軍。わざわざすまんな。」


「陛下、私は憂いております。この国の行く末を。流民、賎民などが我ら貴族の上に立つなど存亡の危機ですぞ!」


存亡の危機なのは今に始まったことではないのだが。


「余もそう思うがな。将軍よ、そなたがアイリーンを叩きのめしてくれても構わんのだぞ?」


「これは手厳しいですな。ならばその役目、ぜひ我が子にお与えください。ただし相手はバルドロウ殿で。」


「ほう? バルドロウになら勝てると申すか。よかろう。後ほど時間を設けようぞ。皆の前で見事仕留めて見せよ。」


「御意!」


「して、その息子は何を賭けるつもりなのだ?」


「は……? 賭け……でございますか?」


「当然であろう。彼奴きゃつは一天万乗アイリーンの婿の座を賭けるのだぞ? それに見合う物を賭けずして勝負は成立すまい?」


「お、恐れながら申し上げます。我が子とあ奴では背負っているものが違いますゆえ、対等の賭けにはなるまいかと……」


「ふむ、それもそうか。ならばバルドロウが負けた際にはその場で処刑、そなたの子が負けたなら国外追放でどうだ? またバルドロウが勝てばそなたから金貨の百枚でもくれてやれ。息子が勝ったなら余が手ずから金貨二百枚を渡そうぞ。」


思案する将軍。


「よろしいかと! ぜひ陛下の御不安を晴らして見せます!」


「期待しておる。さすがは国防の要、ナイトハルト将軍よ。」


そしてついに、バルドとアイリーンが登場する時間となった。音楽は止まり、歩み出てくるであろう扉に衆目が集まった。


そして重そうな扉がゆっくりと開くと、ため息の出るような美男美女がそこにいた。


騒めく会場。流民賎民、所詮は剣奴と歯牙にも掛けなかった貴族達も少しは認識を改めるのだろうか。


二人はゆっくりと歩き出す。会場の中央に着いたら国王に向き直り、一礼。そこで音楽が流れ始めた。バロック音楽に近い曲調だ。


そして踊り始める二人。微動だにせず見つめる観客。少しの粗も見逃すまいと目を凝らして見つめている。しかし二人はそんなもの目に入らないかのようにお互いだけを見つめている。片時も視線がブレない。姿勢もブレなければ重心すらブレていない。きっと心もブレていないのだろう。


ナチュラルスピンターン、クライフターン。

フローティングターン、スプリットフラットターン。

決してテクニックに走ったわけではない。気の趣くままに踊った結果としてそのような技に見えただけなのだ。そんな二人に釣られるかのように音楽も激しさを増す。


誰もが目を離せなくなってしまった。粗を探してやろうと必死に見るまでもなく。


そして音楽が止まり、二人も動きを止めた。あれだけ激しい動きをした後にもかかわらず、微動だにしていない。


数秒後、再び向き直り国王に一礼。


「見事であった。」


国王の乾いた拍手が響く。どのような表情をしているのか、バルドからはよく見えない。


数秒遅れて会場からも拍手が上がる。国王を中心として右側からは盛大な拍手、その反対側からは疎らな拍手である。さすがに文句をつけてくる者はいない。


「さて皆の者。ここからは歓談といきたいところだが、その前に予定を変更して余興といこうではないか。バルドロウ、こちらに来い。」


アイリーンがバルドの腕から手を離す。ゆっくりと国王へ向かって歩くバルド。国王のいる一段高い場所の手前で跪く。


「そなたはアイリーンに傷を付けるほどの剛の者だ。余はぜひその腕前が見たい。見せてくれるか?」


「御意。」


「よし。ナイトハルト将軍、準備せよ。」


「はっ! バラデュール! 入ってまいれ!」


バラデュール。その名を聞いた時、バルドの表情に少し変化があった。その名を知っているのだろうか。




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