第6話 バルドロウと侍女ロザリタ

詰所を出発してすでに四時間。馬車など初めて乗るバルドは酷く酔っていた。


「今夜の宿はこの街じゃ。明日には王都に着くゆえしゃんとせい。」


「は……はい……うぶっおえ……」


「だらしない奴め。その様で殿下をお守りできるのか?」


「どんな状態でも……戦えば……勝つ……うっぷ……」


「ふん、まあよい。ほれ、着いたぞ。降りよ。」


「……はい……」


そこはまさしく貴族が泊まるような高級宿だった。


「まずはこちらじゃ。来るがよい。」


シンクレアの後ろを歩くバルド。着いた場所は中庭だろうか。高級宿に相応しく風流な庭である。


そんなバルドを後ろから襲う人影が。


「何者!?」


籠手で刺客の剣を防ぐと同時にみぞおちにつま先を蹴り入れている。苦しそうに倒れる刺客。


「見事じゃ。先ほどの言は嘘ではなかったようじゃな。ちなみにそやつは妾の執事セバスティアーノと申す。」


「ああ痛い……シンクレアお嬢様の護衛兼執事のセバスティアーノでございます。」


「バルドロウだ……そこに隠れている者も護衛なのか……」


「同じく護衛兼侍女のロザリタでございます。」


「これからパーティーまではこのメンバーで動くことが多いであろう。見知りおくがいい。では今度こそ部屋に案内しよう。ロザリタ!」


「はっ、バルドロウ殿。こちらへ。」


やや茶色がかった髪の侍女ロザリタは主人のシンクレアより歳上のようで豊満な胸と滲み出る色気を持つ女性だった。宿の客も何人かはロザリタに目を奪われているようだった。


「こちらです。まずは湯にお浸かりください。それから夕食となります。」


「……分かった……やってみる……」


初めて見る豪華な部屋。そして浴室。作法などは分からないが要は体を洗えばいいのだ。そして侍女は浸かれと言った。つまり、湯船と呼ばれる水溜りに入って体を洗えばいいのだろう。そう推測したバルドは早速入ろうとするが……


「お待ちください。」


ロザリタだ。先ほど部屋から出て行ったはずではなかったのか。それがなぜ浴室にいる?


それも全裸で。


「何を……している?」


「申し訳ありません。ご説明するのを忘れておりました。入浴には作法があります。」


「なんと……そうなのか……」


「ええ。いきなり入ってはいけません。まずそちらの桶で体を流すのです。」


「こ……こうか……」


湯船から湯を掬い体にかけるバルド。


「そうです。そうやって体を濡らしたらそこに座ってください。」


「こ、こうか?」


風呂用の小さな椅子に座るバルド。


「次にこれで体を洗うのです。汚い体でお嬢様や殿下の御前に立つことは許されません。」


「こ、これを使うのか……」


石鹸とタオルを使い不器用に体を洗うバルド。


「そうです。では背中は私が。」


「ぬぐっ! こ、これは……」


他人に無防備な背中を晒すことが気持ち悪くて仕方ないバルド。強固な意志の力で抵抗を抑え込んでいるようだ。そしてバルドは知らなかったのだ。他人の手が背中を洗う快感を。娼館など行ったこともなく女の体など知らないバルドである。


「ま、待て! 俺は炎姫様に忠誠を誓った身! 女体に触れるわけにはいかん!」


「それとこれは別の話です。これはあくまで体をきれいにしているだけです。あなたに下心はない。そうですね?」


「と、当然だ!」


「ならば私が何をしようと問題ないのでは?」


「そ、そうか……」


口で敵うはずもないバルド。言われるがまま、されるがままとなってしまった。





〜〜削除しました〜〜





侍女ロザリタの指導を拒絶したバルド。このままではアイリーンとの初夜に差し支えが出るかも知れない。


「俺に……炎姫様を喜ばせる方法など分からない……女も知らない。だが……炎姫様のお心は……分かるつもりだ。俺は炎姫様と……共に生きる。それまでは女の体など……知る気もない。」


「殿下に下手くそだと罵られ婿の座を追われてもいいんですか?」


「知らん……俺は俺なりに……全力を尽くすだけだ。それでだめなら……それまでと諦めるだけだ。出て行け……洗い方は理解したつもりだ。」


「そうですか。汚れが残っているようならば洗い直しですからね。洗い終わったら湯船に肩まで浸かり三百ほど数えてから出てきてください。」


「分かった……」


そうしてロザリタは出て行った。惜しいことをした、などという気持ちは微塵もない。確かに体は反応してしまったが、炎姫への気持ちは本物だと自負している。だからこれでよかったのだと、バルドは確信していた。

そしてバルドは二十より先を数えることができず、心配したロザリタが再び入ってくるまで湯船から出ることはなかった。

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