第4話 メリケイン王国の貴族
一方、アイリーンは城に帰るなり国王である父の執務室へと駆け込んでいた。
「父上! 父上! ただ今帰りました! ご報告があります! 婿が見つかりました!」
「な、なんだと? 今一度言ってみよ……」
「婿です! 私の婿に相応しい男を見つけたのです! この傷が証拠です!」
そう言って誇らしげに頬の傷を見せるアイリーン。明らかに王女の行動ではない。
「そ、そうか……まさかお前に傷を付けることができるほどの者がおるとは……そやつは何者だ?」
「一番隊剣奴部隊のバルドロウです! 彼との間に子を成せば! 我が国も安泰ですぞ!」
「まさか……剣奴上がりか?」
「もちろんです! 私に傷を付けるほどの男です! 一番隊に配属されたのは伊達ではありませんな!」
国王は開いた口が塞がらないでいた。
いくら我が娘がおてんばでも! どんなにじゃじゃ馬でも! まさか結婚相手に剣奴を選んでくるとは……
確かに剣奴上がりで正規兵となった者は国中の憧れを集めることもある。だからと言って所詮は奴隷である。死ぬまで戦うことが半ば宿命付けられている存在なのだ。
「ま、待て! 早まるな! いくらなんでもそれは無理だ! いくらワシが許したとて……」
「何か問題でも?」
「あり過ぎるわ! お前は王族の血を何と心得る! しかも国内の貴族連中だけでもお前に懸想している者がどれだけいると思っておる!」
「知りませんな! 弱者など私の目には入りません! 文句があるなら私の前に出てこいと言ってやりましょう!」
頭を抱える国王。どうしてこの娘は……一体いつからこのようになってしまったのか……
戦乱の世なればこれが普通なのだろうか……
さて、ここはナイトハルト将軍宅。
「カルノ! カルノはおるか! 一大事だ!」
「父上、おかえりなさいませ。 どうされました?」
「一大事だ! あのじゃじゃ馬が婿を選びおった!」
「なっ!? アイリーンがですか!? い、一体相手は何者で!?」
「聞いて驚くな……剣奴だ……」
父であるナイトハルト将軍にそうは言われたが、無理な話である。
「な、なんですと!? 一体どこの者で!?」
「正規軍一番隊の剣奴部隊でな……じゃじゃ馬の頬に傷を付けたそうだ。」
「くっ……そうですか……」
この将軍、それなりに野心家である。息子を王の女婿に据えて、時期国王の外戚として権力を振るうことを目論んでいる。もっとも、同じことを考えている重臣はざっと十人はいる。国境を接してない国などは王子を婿入りさせようと画策していたりもする。
長男であるカルノは現在二十三歳。この歳で婚約者がいない。それと言うのも国内のほとんどの有力貴族の男子はアイリーンの婿の座を狙っている。そのため国内の縁談はもうめちゃくちゃになっている。
カルノのような高位貴族に嫁ぎたい女性は枚挙に暇がない。それが軒並み婚約者を定めていないのだ。つまり、適齢期の男性貴族どころか適齢期を過ぎた高位貴族の女性までもが業を煮やしていた。
そして数週間が過ぎた。
「バルドロウとか言う剣奴はどこだ!」
数人の貴族と護衛らしき騎士達が一番隊の詰所に押しかけてきた。対応する兵士もしどろもどろだ。
「いるのであろう! ここに呼べ!」
「早くせぬか! 貴様の代わりなどいくらでもいるのだぞ!」
「お、お待ちください!」
兵士は慌てて訓練場へと向かった。一番隊の任務は国境警備。大抵の隊員は警備業務と訓練が半々のスケジュールで動いていた。先日の件で隊内での注目が集まったバルドは訓練する側から指導する側へと抜擢されていた。剣奴上がりの一年目の兵士にはあり得ない起用だった。
「何か……ご用で……」
いつもの無表情でバルドが現れた。
「貴様がバルドロウか!」
「ふん、薄汚い面体をしておるわ!」
「本日我らがわざわざ足を運んだのは貴様に忠告をくれてやるためよ! ありがたく聞くがいい!」
「……はあ……」
「剣奴の分際で頭が高い! 控えぬか!」
「剣奴風情が!」
護衛の騎士達によって無理矢理跪かされるバルド。表情に変化はない。
「貴様ごとき野良犬がアイリーン殿下の婿になるなどと不遜な噂が市中を騒がせておる。まさかまぐれで殿下に傷を付けたぐらいで婿になれるなどと思い上がってはおるまいな?」
「短慮な剣奴ゆえ勘違いをしておるやも知れぬ。だから我らが忠告をしてやっておるのだ。ありがたく思え!」
「殿下からは文の一つとて届かぬであろう? それが殿下の本心だ。無学で字も読めぬ貴様に文など届くはずがないがな。」
「……はあ……」
下を向き返事をする。表情こそ変わらないが、その心中たるや如何なるものか。
「用はそれだけだ! せいぜい任務に励むがいい!」
「くれぐれも愚かな夢など見ぬことだな!」
「どうせ卑怯な手でも使ったのであろう? 剣奴らしいな!」
ここで初めてバルドの表情に変化が現れた。
卑怯な手段など、使おうと思えばいくらでも使える。しかし、それを使うのは敵国の兵士を相手にする時だけ。訓練はおろか、生き残りを賭けた選抜戦ですら使ったことはない。それがバルドの誇りだった。共に育った仲間を殺すのだ。正々堂々やらずしてどうして顔向けできようか。もちろん剣奴にとって卑怯な手段を使うことは何ら恥ずべきことではない。負けたら終わり、死んだら終わりなのだから。どんな手を使われようとも負けた方が悪いのだ。
「ザック……」
最終戦で自分が斬った親友の名が漏れる。
呟きも表情の変化も、下を向いているため誰にも気づかれることはなかった。もっとも、前を向いていたとしても傲慢な貴族達がバルドの顔を直視することなどないだろうが。
下を向くバルドの肩に、ペッとツバを吐き捨て去りゆく貴族達。
親友を斬ったことに後悔はない。しかしあんな奴らのために己を鍛え、国境を守っているのだと思うと……バルドの心に黒い霧がかかっていった。
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