第3話 アイリーンVS バルドロウ

豪奢な赤い髪を振り乱し炎姫が吠えた。


「たかだか剣奴上がりの小僧が……大きな口を叩いてくれたものよ……貴様ごときがわらわに傷をつけられるとでも思っておるのか? 思い上がりも甚だしいわ!」


かなり怒っているようだ。護衛として側に居たはずの騎士ですら距離を置いている。


「殿下! 殿下の玉体に万が一でも傷を付けるわけには参りませぬ! この者が心配するのも当然かと愚考いたします!」


隊長のフォローが入り、少し落ち着きを取り戻したアイリーン。


「それもそうか。ならば聞け! 妾が未だに未婚であることは知っていよう! 機会をくれてやる! 妾に少しでも傷を付けることができたなら! 婿として迎えてやろうぞ! 早いもの勝ちだ! 掛かってこい!」


この言葉に真っ先に反応したのは誰だったのか。雪崩をうってアイリーンの元へ殺到する兵士達。もはや護衛の騎士ですら止められない勢いと化していた。


しかし……


炎壁フレアミュール


「あじいい!」

「うわっちゃちゃ!」

「ぎゃおおおっ!」

「ひぎゃあああー!」


炎の壁に阻まれ誰一人アイリーンに接近することすらできなかった。むしろ火傷を負う者が多数であった。


「慌てるでない。一人ずつ来い。存分に相手をしてやろうぞ。ほれ、右のそやつから来い。全力でな。」


「はいぃぃぃ! 行きまぁす!」


しかし、一撃であっさりと打ち倒された。


「次!」


「はいっ! 行きやす!」


またしても一撃。とても兵士が手加減しているようには見えない。


「次!」


剣奴上がりの兵士でさえ三合と持たずに打ち倒された。


「次!」……「次!」……




「次!……ん? もう終わりか? まだ何人も立っているようだが?」


アイリーンによって打ちのめされた人数が三十人を超えた辺りで誰も挑戦しようとしなくなった。


そんな時、ゆらりと前に出て構える者がいた。


「いざ……」


バルドだ。決して無表情などではない。生き残りを賭けて戦う戦士の表情をしている。


「来い!」






二人の勝負は剣が折れるまで続いた。アイリーンの渾身の打ち下ろしをバルドは受け流しきれず、まともに剣で受けてしまった。その瞬間双方の剣が折れ、引き分けとなった。


そして炎姫、アイリーンの頬に一筋の傷。折れた剣の破片によるもののようだ。


「バルドロウ。妾に見事傷を付けたそなたこそ、我が婿に相応しい。素晴らしい腕前であった。」


「殿下……数々のご無礼を……お許しください。感服……つかまつりました。まさかこれほどの……強さとは。目の前の霧が……晴れた心持ち……にございます……」


バルドが跪いている。たった一度の戦いは頑なな彼の心を解かしてしまったらしい。


「剣が折れたと言うことは、我らは同等の『見切り』を体得しているようだな。ますます好ましい。返答せい! 我が婿になるや否や!」


一流の剣士は相手の動きが緩慢に見えることがあると言う。アイリーンもバルドもその領域に到達している。故に相手の隙、剣の消耗、鎧の隙間などあらゆることが見えているのだ。それ故にお互い無傷で剣が折れるまで戦い抜くことになった。アイリーンの誤算は折れた剣の行く先だった。折れた剣、破片がどこに飛ぶか、予想できる者などいないのだから。


「剣奴上がりの私には……身に余る栄誉。しかしながら……流れ者の子である私には……荷が勝ちすぎております。もし……もしも許される……のであれば私の忠誠を……受け取っていただきたく……存じます……」


「いいだろう。今日のところはそれで勘弁してやろう。そなたほどの男の忠誠、この上ない拾い物だ。立て!」


「はっ!」


立ち上がり手を後ろに組むバルド。直立不動だ。


そこに近寄り切れた方の頬でバルドの頬を撫でるアイリーン。


「そなたの忠誠確かに受け取った! その血は妾の気持ちだ。本日は洗い流すこと許さん!」


「はっ!」


バルドの頬には薄っすらとアイリーンの血が付いていた。


「では皆の者! バルドロウより強くなれば妾の婿になれるやも知れん! これからも励むがよい!」


『うおおおおっ!』


倒れていた者まで立ち上がり、一斉に声をあげた。恐るべきカリスマ性である。


そして炎姫一行は帰っていった。嵐のような時間が過ぎれば次にやって来るのは……




「おいバルド! お前あんなに強かったんかよ!」

「いつも手加減してやがったな!」

「お前マジどうすんだべ!? 炎姫様の婿になるのか!?」

「羨ましいぞテメェこのヤロおめぇー!」


「バカ言うな……俺だって身の程ぐらい知っている……」


「じゃあ何か!? このまま炎姫様がご結婚なされなかったらどうすんだ!」

「いやそれはない。どうせどっかの貴族とか他国の王族とかが婿入りしてくるって!」

「だよなー、いやいやでもよ? 婿はアレでも側仕え騎士とかならアリじゃね?」

「そーだべ! 騎士にしてもらえよ! 剣奴上がりが騎士なんて俺らの誇りだべ!?」


「バカ言うな……無理なものは、無理だ……」


一時だけでも楽しく盛り上がりたい彼ら。しかしバルドはとてもそんな気にはなれなかった。炎姫のことを誤解していた自分が恥ずかしくて仕方ないこともあるが、それ以上に彼女に惹かれてしまっていたのだ。華麗な身のこなし、鋭い剣筋、隙を見逃さない眼。何より全身から溢れるような自信と存在感に圧倒されていた。そんな彼女と互角の勝負ができたことも自信となった。だがそれだけに現実に帰った時、悲しくなるのだ。

相手は王族。いくら手を伸ばそうが指すらかかるはずがない。炎姫はあのように言ったし、恐らくは本心だろう。しかし、それを実現させることがどれほどの無茶か。側仕えの騎士になるだけで奇跡、それが婿などと……バルドは一瞬でも夢を見てしまった自分に嫌気がさしていた。


なのに……


炎姫が触れた頬が熱い。

ふわりと近寄った時、鼻に感じた香り。あれだけの戦いをした後なのに……春に咲く花のようだった。


頬に残る、炎姫の……情念……

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