第2話 元、剣闘奴隷バルドロウ
バルドが配属されたのは正規軍一番隊、そこの剣奴部隊だった。
この国は北側には峻険な山脈があるが、北東、東、南、南西、西と、五つもの隣国と国境を接している。
一番隊は北東部の国境警備が任務である。
この北東部であるが、隣国の名をラフェストラ帝国と言う。以前炎姫が領土割譲をはねつけた国でもある。
ラフェストラ帝国が欲しがったのは面積にしてみれば微々たるものだ。それは谷だった。両国を分断する谷なのだ。このアフサカ
故に寡兵で大国から国を守り抜く一番隊に配属されることは新兵にとって最高の誉れとされている。
配属から一ヶ月。にわかに一番隊詰所が騒ついている。
「明日か?」
「マジなんすか!?」
「ホントに!?」
「炎姫様が!?」
「視察ですって?」
そう。王女アイリーン恒例の視察である。その上、密かに婿探しをしているのではないかとの噂も流れていた。なにぶんあの歳で婚約者どころか、男の噂すらないのだから。血統を絶やせない王族どころか貴族だとしても異例である。
「チッ……」
それを苦々しい表情で聞くだけのバルド。話に加わる気はなかった。
「なんだよバルド、ご機嫌斜めか?」
「まあ……な……」
「おいおい炎姫様がお越しになるんだぜ?」
「そうそう、たまんねーよな? あの女っぷりときたらよ?」
「あー稽古つけてくんねーかなー!」
「バーカお前じゃ相手にもならねーよ!」
「で? バルドよー。何が気に入らねーんだ?」
「王族だぞ? 俺らが命がけで国を守ってんのに剣奴を見世物に贅沢三昧しやがって……」
「なら何でお前剣奴なんかやってたんだ? お前の腕なら別に一般兵でもいいだろ?」
「この国で……流れ者のガキがまともにメシを食うには……剣奴しかないだろう……」
「そらまーそうだけどよー」
「それを上から偉そうに……稽古をつけてやるだと? 魔法の腕は知らんがあのような細腕で剣など振れるものか!」
「なんだお前、炎姫様の腕を知らねーのか? 噂じゃナイトハルト将軍より上らしいぜ?」
「そんな噂など信じる方がどうかしている。嘘に決まっている。もしくは幇間稽古で勝ちを譲られただけだろう。」
「ほぁーん、お前も拗らせてんなぁ。せっかく正規兵になったんだからよ? もっと楽しくいこぉぜ?」
「こんないつ死ぬとも分からぬ国、稼業で……お前は気楽でいいな……」
「バカか? 俺たちゃ大勢の仲間を斬ってこの立場を手に入れたんだぞ? ここで死んだ奴だって大勢だ。だからこそあいつらの分まで楽しんでやんなきゃいけねーんだよ!」
「ふん……」
そして翌日。昼前ぐらいに炎姫はやって来た。
「整列! 総員敬礼!」
馬車から降りてきたアイリーンを出迎える一番隊の面々。
「アイリーン殿下! 本日はこのようなむさ苦しい所へ玉体をお運びいただき感謝の念に堪えません!」
暑苦しい声でアイリーンに相対するのは一番隊隊長ダルトン・ジョンソン。下級貴族だ。剣奴上がりでなくとも強者はここに配属されることが多い。
「うむ。本日は一番隊の練度を中心に見るつもりだ。いつも通りの訓練を見せてもらおうか。」
「御意! ではお前達! いつも通り始め!」
一対一での稽古が始まる。武器は切れ味の悪い剣、いわゆるブロードソードと呼ばれるものだ。さして長いものではなく、狭い場所での戦いを想定しているのだろう。
相手を替えながら続けること三十分。
「武器替え!」
隊長の声がかかると兵士達は武器を持ち替えた。今度は長く重い剣、バスタードソードと呼ばれるものだ。
こうして武器を替え、相手を替え、相手の人数も変えながら訓練は続いた。
「うむ。中々の練度だ。これなら国境の守りも安泰というものだ。」
「恐れいります!」
「だが……」
「ははっ! 何かございますでしょうか!」
「そこの黒髪の男よ! そなた、バルドロウだな?」
「なっ!?」
隊長どころか全員が驚いている。王族たるアイリーンから直接声がかかるどころか名前まで呼ばれたのだから。
「そうです……」
無表情で返事だけはするバルド。
「そなた、なぜ本気を出さぬ? それでは詰まらぬだろう?」
無表情で黙り込むバルド。
「バルドロウ! ご返答申し上げぬか!」
隊長の声がかかる。
バルドは嫌そうに口を開いた。
「仲間を殺せと……言うのですか……」
「お、おいバルド!」
「お前炎姫様になんて口を!」
「やべぇって!」
「構わぬ! 詳しく聞かせよ!」
先を促すアイリーン。
「詳しくも何も……こんな剣でも人は死ぬ……」
「ほう? それほど腕に自信があると申すか。まあいい。そこのお前、剣を貸せ!」
「あっ、ひゃ、ひゃい!」
バルドの対面にいた兵士から剣を借り受けるアイリーン。いささか重そうなのだが。
「ふむ。斬れ味は無きに等しいか。」
そう言ってくるくると剣を振り回してみせる。重いバスタードソードをまるで木剣のように扱ってみせるアイリーンに感嘆の声が漏れた。
そのまま流れるようにバルドに斬りかかる。
表情も変えずに受け流すバルド。
「どうした? なぜ反撃せぬ! 今、妾の右脇腹に生じた隙が分からぬそなたではあるまい!」
「ここをクビに……なりたくないもので……」
当然の心配だ。王族、それも未婚女性の体に傷など付けてしまったらどのような罪に問われることか。明らかにクビで済む話ではない。だが……
「舐めるな小僧!」
アイリーンの怒声が叩きつけられた。
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