炎姫と剣奴
暮伊豆
第1話 炎姫アイリーン
「ふざけるな! そのような軟弱な姿勢で国が守れるか! 貴様それでも男か! 消え失せろ!」
アイリーン・ド・メリケインは王女である。
戦乱の時代、泡沫のように生まれては消える数多の国。その中にあって敵国に囲まれながらも独立を続けるメリケイン王国。かの王女は気性の激しさと、その類い稀な強さから『
今日も国内の貴族が意見具申にやって来たのだが、けんもほろろに追い返されたところである。
内容は隣国との同盟。条件は王国領土の一部割譲であった。
「アイリーンよ。そこまで言うこともあるまい。あやつはあやつで、我が国のことを考えておるのだぞ?」
「父上は甘すぎます! 隣国という飢えた虎に餌など差し出したならば! その手どころか喉元まで食いつかれてしまいますぞ!」
炎姫の牙は国王たる父親が相手であっても丸くなることはない。
「しかしだな。我が国は周囲を敵に囲まれておる。敵が多すぎるのだ。一つでも減らさねばジリ貧になってしまうぞ?」
「勝てばいいのです! 退けば負けです! この戦乱の時代、少しでも弱気を見せた方が負けなのです! 我が国の兵は強弓精兵! それを父上が信じなくてどうするのですか!」
この国、メリケイン王国の正規兵は強い。そこには使い物にならない落伍者を再利用する非道な仕組みがあった。
それが『剣闘奴隷』略して『剣奴』である。
この国では魔法の使えない孤児、剣奴の子、犯罪者の子、捕虜の子などを剣奴として戦わせ見世物にしている。
なお、五年後の生存率は一割もない。
剣奴になって一年目、最初の試練が訪れる。同じ一年目の相手と大勢の目の前で殺し合うことである。
次は二年目。同じように勝ち上がってきた相手と戦う。
そして三年目……というように五回勝つまで殺し合いは続く。
このような過酷な選抜を生き残ることができた者は『剣奴上がり』と呼ばれ王国正規軍剣奴部隊への編入が決まる。
強ければそれだけで優遇される戦乱の時代である。どのような生まれであろうとも剣奴として活躍しさえすれば人並みに、いやそれ以上に胸を張って生きていくことができる。
それは国中の弱き者、貧しき者の憧れであった。
「分かった分かった。それからお前の婿の件だ。ナイトハルトが息子を是非にと言ってきておる。」
「ですから父上! 以前もお答えしたでしょう! 剣でも魔法でもいいですから私より強い男を連れて来てください! ナイトハルト将軍の息子はカルノでしたか? あのような軟弱者はお断りです!」
「はあ……お前というやつは……」
国王にはすでにアイリーンしか子供がいない。それゆえ婿をとるしかない。しかし、アイリーンは断固として男を寄せ付けないのだ。国内の重臣の子息は軒並みアイリーンにこっ酷く振られていた。彼女より強い男など、どこにいるのだろうか。
国王は頭が痛かった……
周りは敵だらけ、娘は結婚しない……
もう二十二歳だというのに……
「おい! 今日の選抜戦、炎姫様がいらっしゃるらしいぞ!」
「ほう? それは燃えるな。炎姫様だけに」
「知ってるか? 炎姫様は強い男がお好きらしいぜ?」
「らしいな。先日も大臣の息子が求婚して斬り捨てられたってな?」
「炎姫様は魔法もお強いが剣も凄いらしいべ」
王族が自分達を見に来る。それだけで剣奴達は色めき立っていた。良いところを見せれば今後の栄達に繋がるからだ。
「くだらん……」
一人顔をしかめ吐き捨てたのはバルドロウ、他者からはバルドと呼ばれる剣奴であった。彼は本日五回目の選抜戦に臨む身であり、生き残ることに全てを賭けていた。勝てば卒業『剣奴上がり』となるのだ。
何が炎姫だ。所詮王族の力で意気がっているだけのじゃじゃ馬だろう。剣奴として生き死にの戦いを繰り返してきた自分より強いものか。それが高みの見物とは。良い身分で結構なことだ……バルドはそんなことを考えていた。
そして正午。多くの観客で賑わう選抜戦会場。剣奴達も生き残りを賭けて各々が準備を整えていた。
「それでは選抜戦を始める! なお本日はアイリーン殿下がご臨席なされている! くれぐれも無様な姿を晒すことないように! 全力を尽くせ!」
審判らしき男が挨拶をし、炎姫に向かって一礼。軽く手を挙げて応えるアイリーン。
「第一試合を始める!」
最初は一年目同士から開始となる。それが終われば二年目……というように続いていく。
ここまでで死者はおよそ半数。負けた者が必ずしも死ぬとは限らないのだった。ただし敗者に未来があるとも限らないのだが。
そして夕暮れも近付いた頃……
「それでは最後の試合を行う! 勝てば正規軍行きだ! 構え! 始め!」
「バルド……最後の相手がお前とはな……」
「ふん、腐れ縁もこれまでか……いくぞザック……」
幾合もの剣戟が交わされる。
「炎姫様が見ておられるのだ! 俺は負けん!」
「バカが……何を軟弱な……男なら自力で勝て……」
ザックの渾身の振り下ろしを受け流したバルド。そのまま、勢い止まらず隙を晒したザックの首を、薙いだ。
「勝者バルドロウ!」
鮮血を撒き散らして倒れ伏したザックの表情は安らかであり、バルドの表情は苦々しかった。
「アイリーン殿下! これにて全ての選抜戦が終了いたしました! 総評をお願いできますでしょうか!」
立ち上がり会場を見渡すアイリーン。
「うむ。お前達、本日の選抜戦の勝者達よ。よくぞ生き残った! この調子で精進を続けるがよい! そして最終戦に勝ち残った四名の者ども! そなた達を我らの仲間として歓迎する! 共に戦い抜こうではないか!」
王族から直々に仲間と言われ感激を隠せない三名。涙する者もいる。無表情なのはバルドだけだ。
「そして最後に、バルドロウと申したな? 見事な戦いぶりであった! 褒めてつかわす!」
名指しで声をかけられてもバルドの表情に変化はない。
「ザックとやらの豪剣をよくぞ受け流したものよ。あれは剣ごと頭を叩き斬られてもおかしくない威力であった。そして特筆すべきはそなたの目だ! よくぞあの刹那の瞬間を見切りおったな! そのうち妾が稽古をつけてやる事もあるだろう。楽しみにしておけ! では皆の者! 大義であった!」
名指しで賞賛されたバルドに羨望の眼差しを向ける者、嫉妬の目を向ける者、様々であった。
しかしながら炎姫の話を正しく理解できたのは会場に何人いたのだろうか。ただ、バルドは苦々しく顔を歪めるだけだった。
きっとこう言いたいのではないだろうか。『お前に何が分かる……』と。
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