#11 衝撃

 警報音が響くなか、オースティンは白いドアがずらりと並ぶ廊下を走っていた。ドアの前にはプレートが掛かっていて、個人番号が記されている。フラヴィアの番号は7642番だ。

 7642の部屋を探しながら走る。とにかく走った。


 ――7580違う…6871違う…7642はどこだ…


 背後から騒がしい足音がする。もう追手がすぐそこまで追いかけて来ているのだ。


「止まれ!!」


 誰かが大きな怒鳴り声でオースティンに吠えた。

 ――もう終わりだ。俺はもう死ぬんだ。



 どのくらい走っただろう。運動が得意なオースティンの息が続かず苦しくなり始めた頃、やっと7642番と書かれた部屋を見つけた。


 ―――あった!!!


 乱れる呼吸と共に乱暴にノックしたが返事はない。

「フラヴィア?そこにいるか?」

 ドアに付けられた鉄格子の隙間から声をかけると、フラヴィアの泣きそうな声が聞こえた。

「オースティン?その声は、オースティンなの?」

「そうだ。約束通り助けに来たぞ!」


 オースティンはベルトに付けた武器の中からごついペンチを取り出して、ドアに付けられた南京錠に絡ませると、渾身の力を込めてひねった。

 体は疲れているのにアドレナリンが大量に分泌されているのか力が湧いた。何も怖くない。


 バキッと音がして、ドアが開いた。


「オースティン!!!」

 開け放たれたドアの向こうからフラヴィアが飛び出てきてオースティンに抱きついた。

「安心しろ。二人でここを出よう。ほら、早くしないと追手が…」


「そこまでだ、少年。」

 振り返った時にはもう遅い。拳が飛んできて、みぞおちに一発くらった。

「ぐふっ」

 オースティンはその場に崩れ落ちた。

「やめて!!」

 フラヴィアの悲鳴が耳をつく。


 その時、全身の血がマグマに変わるのを感じた。痛みも恐怖もどこかへ飛んでいったようだ。


 相手が油断した隙に、オースティンは拳を固めてパンチをくり出した。

 不器用で何事もうまくこなせないオースティンだったが、ボクシングだけは、格闘技だけは、人より何十倍もうまく出来たし強かった。砦で一人で訓練してきた甲斐あってか、喧嘩は負け知らずだ。もちろん不良の先輩も認める程の腕前だ。


 オースティンの拳が眉間にクリーンヒットした職員は白目をむくとバタッと倒れた。

 喜びもつかの間、白衣の職員とは比べ物にならない大男が迫ってきた。まるでプロレスラーのようだ。


 一瞬、何があったのか分からなかった。目の前で火花が散り、視界が真っ白になったのだ。

 しぶとくもオースティンの反撃のパンチが二発決まった頃には周りを白衣の人間に囲まれていて、逃げ場は無かった。


 一人の男が何かボタンを押したのが視線に入った瞬間、体が宙に浮いた。

 凄まじい電流と痛みが体を突き抜け、その衝撃で体が飛び上がって仰け反る。


「あ゛ぐっ」


 視界が黒いペンキに覆われていくような感覚に陥り、何も見えなくなっていった。

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 脳みそが揺れている気がする。頭が痛い。少しずつ、少しずつ、靄がかかっていた意識が鮮明になってきた。


 ――あれ、…動けない。


 夢の世界から今の状況を思い出すと、秒速で目が覚めた。どばっと冷や汗が溢れる。


 そこは壁一面コンクリートでおおわれた部屋だった。眩しい光に目を細める。

 体は椅子に座らされていて全身が拘束されていた。拘束器具を外そうと試みたが全くの無駄だった。


「目が覚めたか」

 男の声がした。四、五十代の白衣の男が何か機械を持って現れた。

「電気ショックの威力は凄かっただろう。あれは私が開発したのだよ。」


 オースティンは、白衣の男があの時自分に電流を流したボタンを持っていることに気がついた。嫌な記憶と痛みがよみがえる。


「なぜこのボタンを押しただけで君に電流が流れるのか不思議に思わないか?」

 確かにそうだ。回路で繋がっている訳でもないのにボタンを押しただけで電気ショックを与えられるのは変だ。

「ここはどこなんだ?この拘束を外せよ。あ、…フラヴィアは無事か?」

 オースティンが思うがままに喋ると白衣の男はにやにやと笑った。


「私の話を遮るとは良い度胸だな少年。悪い子にはお仕置きをしなくてはな。」


 ポチ


 突然、男は電気ショックのボタンを押した。

 強い衝撃が体を襲い、視界が白く染まる。

 凄まじい痛みにオースティンは絶叫した。


「教えてやろう少年。この電気ショック装置はこの施設の人間の為に作られた。この施設から脱走しようとした時や、こちらの指示に反抗的な態度をとった時に使用するためだ。」

 男は手の上でボタンを転がしながら話した。もし間違って押してしまったら、と考えると怖くなり、オースティンは男の手元を固唾を飲んで見守った。


「何故ゆえボタンを押すだけで相手に電気が流れるのか。それはこの施設で取り引きされる人間には全員にチップを埋め込んでいるからだ。チップを埋め込んでさえいれば好きに電気を流せるという訳だ。

 この意味がわかるか、少年。いや、7621番よ。


 つまり、お前はこの施設の人間なのだ。」


 電気が流れた訳でもないのに頭が真っ白になった。こんな話、信じられるわけがない。

 ――自分がこの施設の人間?俺は7621番?

 混乱して頭痛がする。


「せっかく外に出られたというのに、自ら戻ってくるとは。馬鹿なことをしたな。7621番。」

 そう言うと男はもう一度ボタンを押した。






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