#10 本部
オースティンは一人、電車に揺られていた。灰色の景色が左へと流れて行く。
ブライアンから託されたデータから、フラヴィアの次の主人の家の場所を知り、追いかけているのだ。データの中にフラヴィアに関する情報も記載されていた。
『名前…7642番
性別…女
年齢…16歳
経歴…1歳 ステッド家
3歳 ネリス家
4歳 フレッチャー家
5歳 ブラウス家
7歳 ジョックル研究所
10歳 ホテル・ジョールリンド
12歳 イヴァナ・フランシス
14歳 マスカンド・ホテル
16歳 ローウェル・グレース実験所
17歳 モンタギュー研究所』
オースティンは目を見張った。まともな家族に引き取られたのはたったの四回しかない。なぜに特別養護老人施設?と、首をかしげた。それに、ローウェル・グレースの前にも研究所に引き取られていることに驚きを隠せなかった。
長くて二年で親が変わるフラヴィアはどんな気持ちなのだろう。自分が物として扱われていることに、自分の体が売買されていることに対してどう思っているのだろう。
全て諦めたらようなフラヴィアの冷めた笑顔がオースティンの脳裏に浮かんで消えた。
フラヴィアが向かっているのは恐らくペルトリック孤児院の本部だ。本部に返却された後、次の主人へ受け渡されると書いてあった。
本部に返された人はそこで三日間過ごすらしい。金銭のやり取りや、経歴データの更新のためだ。
その処理日の三日間の内にフラヴィアを助けだし、遠くへ逃げようと考えていた。
電車を降りた後、一時間ほどひたすら歩いた。交通面を不便にして人が近づかないようにし、人身売買の存在を隠すためだろうか。
寂れた町の森の手前に孤児院があった。ペルトリック孤児院と看板が建ててある。
びっくりするくらいごく普通の施設だった。こんなにのどかな所で人身売買など本当に行われているのかと疑問に思う程だ。
なかを覗いてみると、大きな窓のある食堂で子供たちが長テーブルに座って朝食を食べている。とたんにオースティンのお腹が寂しく鳴いた。そういえばここ二日ほど、まともに食事をしていない。
本当にここで合っているのか怪しみつつ施設の裏に回ると、鉄の大きな螺旋階段が存在感を放っている。
一見普通の非常階段のようだが、近づいて見てみると、なんと地下へ続いていた。
そっと降りてみると重々しげなドアが現れた。直感で分かった。きっとこれがペルトリック本部の入り口だ。地上にあった孤児院はカモフラージュのためだろう。
入り口から堂々と入ったら死ぬ事くらいオースティンにも想像できる。
メモしてきた本部の地図をポケットから取り出し別の入り口が無いか確認すると、さらに降りたところにもう一つ有ることが分かった。迷わずその場所まで走った。
そっとドアを押してみると、ギギギと音を立てて開いた。中は真っ暗で何も見えない。暴れる心臓を押さえつけて一思いに中に入った。
取り引きされる子供の部屋の場所はわかっている。頭に詰め込んできた本部の地図を思い出しながら、誰にも気がつかれないように素早く走った。防犯カメラを避けて走るのはかなり難しい。
捕まったらどうしようという考えが脳を支配してくる。
本部のなかは病院のような、消毒液の匂いがした。白い壁に白い床。不気味なほど清潔感がある。
心のなかで不安と恐怖がどんどんと膨れ上がっていった。
階段を下って地下3階へ向かう。廊下へ通じるドアを少し開けてなかを覗くと、そこには職員らしき人が三人で話をしていた。
「やっべ」
慌ててドアを閉めると、思ったよりも大きな音が鳴ってしまった。
「誰か…誰か居るのか?」
低い男の声が届く。
咄嗟の判断でドアの陰に飛び込むと、その瞬間にドアが開いて、目の前を三人の白衣を着た男が荒々しく通りすぎていった。
ネズミの鼓動と同じくらいのスピードで心臓が動いている。何だか頭が痛い。
中に誰もいないことを確認すると、静かに廊下に出た。ここから個人部屋まではもうすぐだ。
しばらく歩くと、スライド式の大きな扉が現れた。地図によるとこの先が個人部屋となっている。つまり、この先のどこかの部屋にフラヴィアが居るのだ。
深呼吸すると、勢いよく扉を開けた。
ピーーッピーーッピーーッ!!!
暴力的な音量で警報音が響いた。
「やばい!!!」
警報音=組織の人間が来る=捕まる=死ぬ
瞬間的に一つの式が脳内で成り立つ。
迷っている暇など無かった。ここで止まってなどいられない。
オースティンは駆け出した。
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