#9 約束
カッカッカッ
一定のテンポを刻みながら進んで行く秒針を見つめる。
「――ン 、――スティン、」
何度も名前を呼ばれていることにも気がつかないほどオースティンは放心状態だった。
「聞いてんのかお前っっ!」
力強くテーブルを叩いた音でハッと我に返ると、凛々しい顔を怒りで歪ませている父親の顔が目の前にあった。
「あの時お前はどこにいたんだ?!」
燃えているフラヴィアの家を発見した後、オースティンが消防に通報し、燃え盛る家は消火された。
事故現場は誰も近寄らない森の奥で、家には誰も居なかったためまず放火が疑われた。
オースティンは家の中から二人の死体が出てこなかったことに安心したが、フラヴィアが遠くへ売られてしまったことに絶望していた。売られた先の手がかりはない。もう助けようがないのだ。
そして消防が調べたところ、大量の油が撒かれ、そこに火をつけたことによる放火事件だったと判明した。真っ先に疑われたのはもちろん通報主のオースティン。不良で問題児ということもあり、疑われるのは必然的だった。
そして今に至り、オースティンは無機質な取調室で実の父親から尋問されているのだ。
砦で過ごしていたことや、ローウェルの人体実験についてを正直に話せば、オースティンがやっていないと理解してもらえたかもしれない。だが、自分の第二の家である砦を大人に嗅ぎ回られるのは絶対に嫌だったし、今さら実験について告発しても証拠である研究室は燃えて消えてしまったから、罪を逃れるための嘘だと思われるだろう。だからオースティンは「俺はやってない」と言ったきり、黙秘を続けていた。
「自分が何をしたか分かってるのかお前は!!お前のせいでこの仕事を続けられなくなるかもしれないんだからな!!ウォード家の穢れだお前は!!」
「だからやってないって言ってるだろ!!」
オースティンの父親はこめかみの血管を膨れ上がらせると、真っ赤な顔で悪態をつき、取調室から荒々しく出ていった。
一人残されたオースティンはきつく握った拳を見つめた。小さな古傷の痕がのこっている。いつだかフラヴィアが傷だらけの拳を手当てしてくれたことを思い出した。
ここで諦めたら本当にもうフラヴィアを救えない。なのに自分は刑務所に入れられそうになっている。もうどうすればいいのか分からなかった。
――くそっ
その日オースティンは取調室で夜を明かすことになってしまった。
夜、一度トイレに行ったとき、なんと中でブライアンに会った。ブライアンとは、オースティンが不良の集会でいつも煙草を買っていた相手だ。過去にブライアンにクスリを飲まされたことでローウェルがクスリの実験をしていることに気が付いたのだ。
「オ、オースティンかお前!なんでここにいるんだ!」
「先輩こそ、なんで!」
二人は大きな声を出してしまったが、ブライアンは慌てて声の大きさを下げるようにジェスチャーした。
「これ、やるよお前に」
ブライアンは上着を脱いで、胸の内ポケット部分の縫い目を犬歯で噛んで切り、服の生地と生地の間から小さなSDカードを取り出してオースティンの手に握らせた。
「な、何ですかこれ。てか何でそんなところに…」
「身体検査でここならバレないと思ってな。お前にこれを渡せて良かった。
俺はクスリを売っていたことを告発されてここに連れてこられた。くそっ。よりによってクスリを作った製薬会社の男にだ。裏切られたんだ俺は。」
オースティンはすぐにそれがローウェルだと気が付いた。ブライアンは監視カメラの死角である清掃ロッカーの陰で話を続けた。
「俺をここにぶちこんだ例の男に仕返ししてやりたくてな、このSDカードに奴の弱みのデータが入ってる。奴は人身売買もしてるんだ。」
「もしかしてペルトリッ――」
オースティンはブライアンに口を塞がれた。
「うるせぇ、声がでけぇんだよ。
……お前もペルトリックのこと知ってるのか。なら話が早い。これで奴の尻尾つかんでムショにぶちこんでやろうじゃねぇか。」
ブライアンは相当焦っているようだった。
「俺もそいつのせいでここにいるんです。冤罪なのに!だからやってやりますよ俺が」
オースティンはSDカードをジャケットのポケットにしまった。
「お前も奴のせいなのか。くそっ。不良同士の約束だ。さ、手伝うからお前は逃げろ。」
ブライアンはトイレの換気扇の回転ファンを拳で壊して取った。狭いが、外に通じる穴が出来た。
オースティンはずっとブライアンを恐れ嫌っていたが、初めてその強さを尊敬した。
「俺は当分出てこれねぇ。悪いことをしてたから当然か。でもお前はしてねぇんだろ。だからお前に託した。上手くやれよ。」
ブライアンはオースティンを担ぎ上げるとその窓に思い切り突っ込んだ。
「ぐっ、う、うわっ」
肩を強打して呻いたオースティンだったが、窓から屋根に降り立つとブライアンの方をむくと、天へ拳を突き上げた。
ブライアンが応じたのを確認すると屋根の上をそろそろと進み、なんとか地上へ降り立った。
「待ってろよ、ラヴィ」
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