#8ペルトリック孤児院

「クッソ、約束したのに…!」

 またもやフラヴィアを救い出せなかった自分自身に絶望していたオースティンだったが、ここでめげてはいられない。この時間にもフラヴィアは死へと進んでいるのだ。


 前までは虐待されているだけと思っていたが、地下室での出来事を間近で見てからその考えは消えた。あの実験は危険だ。命を落としかねない。


 オースティンは砦でローウェルのパソコンからコピーした大量のデータを、自分のパソコンに保存している。そのデータには目を覆いたくなるほど酷い人体実験の様子が記録されていたのだ。

 吐き気をこらえながらその記録を全て見て、明日、フラヴィアをローウェルの元から救い出す計画をたてようとしていた。




 12月29日

 この実験を最後に、投薬の頻度を落とそう。被験体24に死なれたら意味が無いからな。

 それに来月にはもう異動だ。早いうちに薬を抜いておかないといけない。

 一ヶ月かけて薬を完成させて被験体24に試して終わらせよう。これが成功したら売りさばいて25を買う金を集めないといけない。




オースティンはデータの中から日記のような記録を見つけた。

 被験体24とはフラヴィアのことだろうか。

 自分の娘を番号で呼ぶとは酷い話だ。フラヴィアが24ということは、その前にも23人の人がローウェルの実験の犠牲になったのだろう。

 25を買うということは人間を売買しているのかもしれない。ということはフラヴィアは実の娘では無いのか。

 異動とは何のことだろう。フラヴィアは他の場所に移されてしまうのかもしれない。


 色々な想像がオースティンの脳内を取り巻いていく。


 データの保存がなかなか終わらない。量が多すぎるのだ。じりじりしながらもずっと記録を確認していた。


 データの保存が終わったのは空が白み始める頃だった。もうすぐ夜が明ける。

 家に帰りたくなかったオースティンは、そのまま砦で過ごすことにした。

 一日中読んでいた記録のなかで、ペルトリック孤児院についての文章を見つけた。


『ペルトリック孤児院


 孤児院を装った人身売買組織。孤児院として国に登録されているため、古くから人身売買が行われていることは発覚されていない。


 基本的には子供が売買されるが、若い大人が取り引きされることもある。人間を完全に購入することも可能だがかなり高価なため、一、二年のみなど期間を決めて安く買い、次の主人のもとへ回されることが多い。』



 人身売買。オースティンは衝撃を受けた。本当にこんなことが行われているのか。

 異動ということはフラヴィアは次の主人のもとへ売られてしまうのかもしれない。


 カレンダーと腕時計を見た。今日は1月31日で、もう昼だ。フラヴィアの家を出てからもうかなりの時間が経っている。

 転校生としてフラヴィアがこの町に越してきたのはたしか去年の冬。はっきりとは覚えていないが2月頃だった気もする。

 だとしたら、明日でちょうど一年だ。


 まずい。フラヴィアが売られるとしたら明日だ。次の主人の家が遠かったら、今日にはこの町を出発してしまうかもしれない。


 オースティンは砦の木箱からナイフを取り出して革のケースに入れ、ベルトの金具に引っ掛けた。最悪、ローウェルを殺す覚悟だ。


 再びオースティンはフラヴィアの家へと走った。冷えた空気のせいで肺が凍りそうだ。森のなかはなぜか煙草の匂いがした。オースティンはこんな時にも自分は煙草を欲しているのだと思い、苛立った。しかし、なぜか煙の匂いはどんどん強くなっていく。


 ――これは煙草の匂いじゃない。何かが燃えている匂いだ。


 ゲホゲホと咳き込みながらも走りきったその先に、驚くものがあった。



 家が燃えていた。



 汚れた煙が高々と空へ上がり、真っ赤な炎は家を覆いつくしている。

「フラヴィアァァッッ!!!!」

 オースティンが叫ぶのと同時に家の二階部分が大きな音をたてて崩壊し、家の骨組みが露になった。






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