#7 地下室
オースティンが視線を向けた先にあったのは床にあいた正方形の穴だった。はしごが掛けられていて、地下室に繋がっているようだ。
もう一度耳を澄ますと男性の喋り声が聞こえる。
鉄のはしごをそっと降りていくとコンクリートでつくられた地下室に出た。大きなスクリーンやパソコンが何台もあり、暗い雰囲気を放っている。パソコンは起動していて、よくわからないデータの画面が表示されていた。
パソコンの部屋の奥から光が漏れている。奥にもう一つ部屋があるようだ。ぼそぼそと喋る男性の声と何かがきしむ音が聞こえる。
喉元までせり上がってきている心臓を無理やり押さえつけて、そっと内を覗いた。
そこに広がる異様な光景にオースティンは息を呑んだ。
その部屋は壁一面が棚で囲まれていて、怪しげな瓶やホルマリン漬けの何かが並べられている。その中央に白衣を着て注射器を持ったローウェルと、手術台に拘束ベルトで縛りつけられたフラヴィアがいた。
半袖の手術服からはフラヴィアの傷だらけの細い腕がのびている。ローウェルはその腕を掴むと、注射をうつ場所を目で定めた。
「やめて、お願い。何でこんなこと。ごめんなさい。助けてっ」
フラヴィアは顔を涙で濡らして助けを乞う。
「暴れるな、黙れ!」
ローウェルはフラヴィアの頬をひっぱたいて静かにさせた。
オースティンの心臓はもう限界まで達している。体が凍りついて動かなかった。そして最悪の事態が起きた。ローウェルがフラヴィアの腕に注射器を突き立てて中身を注射したのだ。
「いやぁっっっっ!!!」
狭い実験室のなかにフラヴィアの絶叫が響き渡った。
ローウェルは興奮を隠せないようで、表情は歓喜にあふれていた。
フラヴィアは体をのけ反らせると、ぼーっと夢を見ているような表情をした。
「良い。いいぞ。」
しかしフラヴィアの体は硬直し、激しい痙攣をおこして震えだした。
「失敗か?嘘だろ?一ヶ月かけて作り上げたのに!」
ローウェル硬直と痙攣の様子をメモすると安定剤か何かを投薬した。フラヴィアの痙攣は収まり、ぐったりとした様子で目を閉じた。
衝撃に凍りついていたオースティンはやっと正気を取り戻すと、慌ててパソコンの部屋に戻った。はっと閃いてパソコンをいじる。ファイルのデータの画面を表示し、データをコピーしようとしているのだ。
「ガソリンを混ぜてみるか、荒手だがそれも……」
実験道具を片付ける音とローウェルの独り言が聞こえる。ここでローウェルと鉢合わせになるのだけは避けたい。
「シンナーのときのデータを見るか。そうすれば……」
足音が近づいてくる。時間がないことを悟りつつ、震える手で自分のパソコンのアドレスを打ちこんでデータの送信ボタンをクリックした。もちろん、送信履歴を消す事も忘れない。
送信が完了した。逃げようとはしごに向かって走り出すと、高く積み上げられていた本に気付かず蹴り飛ばしてしまった。ドサッと崩れる音がコンクリートに反射する。
「誰かいるのか?おい!」
ローウェルの怒鳴り声を背中に、猛スピードではしごを登る。侵入したときの窓から飛び降りると、砦まで全力で走って逃げた。
「ははっ、あっはははははっ。」
焦りと絶望を打ち消すようにローウェルは大きな声で笑う。
定位置から動いたパソコンのマウスと崩れた本の山を見て、誰かが侵入してきた事には気がついていた。
この実験データが明るみに出ればもうおしまいだ。逃げよう。姿を眩まそう。
今後の事を考えると恐ろしくてたまらなかった。それでも笑いを止められない。もし止めたら、もし一時的な興奮が収まってしまったら、狂ってしまう。正気ではいられないだろう。そう思ったのだ。
太陽の沈んだ夜の森に、絶望と狂気の笑い声が響きわたった。
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