#6 儚くて脆い
「あーー、ガチわかんねぇ。」
オースティンは数学のノートから顔をあげて大きく伸びをした。背中がボキボキと音をたてる。
「ちょっと休憩しよっか。」
フラヴィアは保温の水筒を鞄からだして机に置き、棚からティーカップを取り出した。
温かい紅茶を注いでオースティンに手渡す。
「チームにも入ってるような不良が休憩に紅茶飲んでるって笑えるよな。」
ふふっとフラヴィアは笑って紅茶をひと口飲み込んだ。
ここは砦。オースティンがフラヴィアに秘密を打ち明けてから1ヶ月ほどたった。それから二人は毎日のように砦を訪れている。フラヴィアが来るようになってから荒れ放題だった砦も綺麗になり、粗大ゴミから使えそうな物を拾ってきたので家具も増えた。
「私は宿題終わっちゃったわよ。本でも読もうかな。」
「えぇー、教えてくれよ。」
「仕方ないなぁ。」
二人の仲もだいぶ深まった。今ではラヴィとオースティンと呼び会うほどだ。
その時、風が吹いてフラヴィアのカーディガンをなびかせた。赤いミミズばれ、紫色の痣、傷だらけの肌が見えてしまい、オースティンは息を呑んだ。
最近、フラヴィアに傷が増えた。少し痩せた気もする。前にクスリを打たれて砦で暴れて以来、薬物の実験台にされることは無いらしく、訳のわからないことを言うことは無かったが、やけに弱々しく見えた。
「ラヴィ、その傷…」
「あ、これは、なんでもないの」
フラヴィアは慌ててカーディガンを着直して肌を隠した。
「お前、頭いいのに馬鹿だな。心が読める俺に嘘は通用しねぇんだよ。ほら、話してみろよ。」
フラヴィアは顔を歪め、ぽつりと言った。
「私、そろそろ駄目かもしれない。」
フラヴィアによると、最近暴力をふるわれる事が多いらしい。一時期はなかったクスリの投薬もまた始まりそうだと言った。
「もう、こうやってまともに話せるのも最後かもしれない。」
クスリを打たれると、まともな本当の自分は体の中に閉じ込められ、戯言を言うクスリでつくられた偽物のフラヴィアが自分を支配してしまうらしい。
「また私が偽物になったら、
…私のこと…助けてね?」
フラヴィアの声は震えていた。
「あったり前だろ。守ってやるよ。俺も救ってもらった恩返しだからな。」
「ありがとう。」
フラヴィアは目に少し涙を溜めて、笑顔で言った。涙が太陽に反射してキラキラと輝き、それはとても美しい笑顔だった。
嫌な予感がした。美しいものは必ず壊れる。幸せとは儚いものだ。必ず突然終わりが来る。それにオースティンの悪い予感は当たる事が多い。
この美しい女の子を、儚くて脆いフラヴィアを守りたい。心からそう思った。
次の日、フラヴィアは学校にも砦にも現れなかった。
予感の的中に舌打ちし、チームの先輩からのバイクでのドライブの誘いを振り切ってフラヴィアの家へと向かった。
森の中を走っていると、今まで毎晩のように調べてきたフラヴィアの父であるローウェルの情報が脳裏に浮かんでは消えていった。
わかっているのはローウェルは製薬会社に勤めていて、その実験場で秘密裏に違法薬物の作製をしており、クスリの効果を確めるためにフラヴィアを実験台にしている事だ。また、ローウェルの息はこの辺りの不良のチームにもかかっているようだった。
謎のペルトリック孤児院についてはあまり分かっていない。裏サイトでペルトリック孤児院の情報ページをひらいても大量の謎の番号とどこかの場所しか書かれていなかったからだ。
フラヴィアの家に着いた。そっとドアに触れると、やはり鍵がかかっていて開かない。
家の周りを観察していると、窓があった。換気のためかその窓は開いていて、頑張ればオースティンが通れるほどの大きさがあった。
耳を澄ますと、甲高い悲鳴が聞こえる。恐らくフラヴィアの声だろう。嫌な汗が首すじに伝うのを感じ、唾を飲み込むと窓によじ登って体を屈めて家に入り込んだ。
犯罪者のいる家に忍び込んだ恐怖感よりも、この先の不安よりも、悪いことをして警察官の両親に反抗している実感がオースティンのなかを駆けめぐり、アドレナリンを湧かせていた。
興奮を抑えてオースティンは部屋を見回す。あっ 、と小さな声をあげた。その部屋の隅には予想外なものがあったのだ。
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