#5 正直者

「お父さん!見て、これ!」

 妹のエミリーは、父親にむかって金色のメダルを自慢げにかかげた。

「バスケの大会で優勝したの!あたし、10点も決めたんだよ!」

「おお!すごいなエミリー!よく頑張ったね。」

 父親はエミリーの頭を撫でた。エミリーは嬉しそうにほほえむ。

 エミリーは小さな頃からバスケのチームに入っている。体力・身長・足の速さと才能も揃っていてキャプテンも務めているのだ。


 父親は大きなガラス張りの棚を開けてその金メダルをそっと飾った。

「あたし、大きくなったらお父さんとお母さんみたいな警察官になるんだ!」

 弾けるような笑顔でエミリーは宣言した。

「エミリーにはその素質と才能が充分備わっていると思うぞ。きっとなれるさ!お父さんの子だからな!」


 オースティンはトイレに行こうと自分の部屋を出ていた。その時、その場面に出くわしてしまった。

「あ、」

 エミリーが小さく声をあげて久しぶりに見る兄の方を見た。


『引きこもりみたい。めったに出てこないし。てかほんとにあたしのお兄ちゃんなのかな、全然似てないし。まぁ出てこなくたってあたしにはジェームズお兄ちゃんがいるから別にいいんだけど。』


 エミリーが心の中で呟いた言葉が槍となってオースティンの心を貫いた。


『全くお前って奴は。エミリーとジェームズとは大違いだな。何も出来ないし。不良なんかになりやがって。お前はウォード家の穢れなんだよ。』


 父親の本心が聞こえ、オースティンの心臓がギュッと縮まった。自分が家族にどう思われているかなんて百も承知だったが、直接心の声が聞こえてくるのは、かなり辛かった。

 ギッと唇を噛んだオースティンの足はトイレを通りすぎ、そのまま砦へと走り出した。




 ――くそっ!

 砦に捨てられた粗大ゴミである家具や家電をやたらめったらに殴った。空をきる音に比例してオースティンのかじかんだ拳にキズが増えていく。

 凍てつく空気のなか荒い息を繰り返して、何度も何度も拳を振り上げた。


 悲しかった。悔しかった。憎かった。

 でもオースティンは気がついていた。一番憎いのは 、 自分ということに。


 才能も無い。能力も無い。何も出来ない自分が情けなかった。自分も両親に誉められたかった。認めてもらいたかった。でも、その願いが叶わない原因は全て自分にある。それもわかっていた。


 体力が尽きたオースティンはその場に崩れ落ちて肩を震わせた。感情の動くままにしていると何か柔らかいものが背中に触れた。


 猫のステラだ。振り替えるとオースティンに手を差し出すフラヴィアが立っていた。


「手、切れてる。」

 フラヴィアはオースティンを砦のベンチに座らせると、鞄からガーゼと消毒液を取り出して、傷だらけで血まみれのその手を優しく応急手当した。

「あんた、無茶し過ぎよ。」

 オースティンよりも2オクターブも高い声でフラヴィアは鞄から水筒を出して中身をコップに注ぐとオースティンに手渡す。

「痛そうに。怒ったケンタウロスでもこんなことしないわよ。」

「俺なんかどうなったっていいんだよ。俺の体なんだから好きにさせろよ。」

 フラヴィアの優しさが、まるで自分への当てつけのように感じて心の奥底の闇が膨れ上がっていく。


 オースティンはフラヴィアの心を覗いた。


「自分の価値は自分で決めなよ。」

『自分の価値は自分で決めなよ。』


 フラヴィアは心の声と全く同じことを言っていた。今まで何人ものの心を覗いてきたオースティンだったが、こんなに正直な人は初めてだ。


「他人にどう思われたって良いじゃない。自分の人生なんだから。他人に自分の価値を決めつけられる必要なんてないし、それに対して劣等感を感じる必要も無いわ。」


 その言葉でオースティンの中の、大きく陣取って蠢いていた劣等感と憎しみのマグマが溶けていく。


「なんで。何でお前はそんなに綺麗に生きていけるんだよ。」

 オースティンは心が動くままに今まで誰にも言ってこなかった秘密を、心が読めることをフラヴィアに明かした。


「ふーん、そうなんだ。」

 フラヴィアは引くくらい気の抜けた返事をした。オースティンは、きっと驚かれて気持ち悪がられるだろうと覚悟していたが全く違い唖然とした。

「びっくり、しないの?」

「心が読めるだけでしょ?それなら私のお友だちの妖精さんもそうよ。」

 フラヴィアらしい返事に今度は笑ってしまった。

 16年間生きてきて誰にもうち明けられなかった秘密と、自分の弱さをフラヴィアは受け入れてくれた。人生初めての経験に涙が出そうだった。


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