#4 ローウェル

 深夜、オースティンの部屋からカタカタとキーボードをたたく音が響く。

 暗い部屋でパソコンのブルーライトがオースティンの顔を青白く光らせ、幽霊のようにしていた。


『ローウェル・グレース』

『薬物開発』

『違法薬物』


 ブライアンに飲まされたあのクスリは、フラヴィアの父、ローウェルが開発したものだとにらんだオースティンはローウェルの闇を突き止めるべく調べていたが、何もヒットしない。


「くっそ」

 拳で机を叩いた。

「ローウェルってのも偽名かよ。」

 諦めかけていたが、最後に闇サイトに入ってもう一度『ローウェル・グレース』と調べてみた。

すると一件ヒットした。


『ペルトリック孤児院』


 ただ、それだけだった。信憑性の無さそうな結果に思わず唸ったが、オースティンはそれをノートにメモして、ベットに潜り込んだ。




 オースティンはいつもの廃車の上に寝転んで、またローウェルの事や例の孤児院について調べていた。


 暖かい太陽の光がオースティンの背中を優しく照らす。唯一気を楽にできる場所がここだった。この廃品置き場は秘密基地ではない。オースティンを守る砦だ。

 嬉しいときも、悲しいときも、怒りに震えるときも、この砦で過ごした。オースティンはこの砦と共に成長したと言っても過言ではないだろう。


「オースティン・ウォード!!」

 かん高い声がした。はっとしてパソコンから顔をあげると砦の入り口の所にフラヴィアがいた。

 フラヴィアはずかずかとオースティンに近づいて来て、廃車のそばに落ちていたコーラの瓶を蹴り飛ばした。ガッシャンと音がして瓶が割れた。


「嘘だろ。急になんだよお前」

 フラヴィアは明らかに様子がおかしくて、もう冬だというのにこめかみから汗が垂れている。

「なんで!なんでいっつもこうなの!?」

 フラヴィアは早口でまくし立てるように何か言った。オースティンは呆然としていて内容を聞き取れなかった。


「もう嫌!!!」

 フラヴィアは叫ぶとその場に崩れ落ちて泣き出した。

 オースティンは慌てて廃車の上から飛び降りて肩を震わせて大号泣するフラヴィアに近寄った。

「だ、大丈夫か…?」

 女子の扱いに慣れていないオースティンはきごちなく背中を撫でた。

 フラヴィアは号泣のあまり過呼吸のようになっている。

「本当は私なのに。なんでよ」

 意味不明なことを言って激しく咳き込むと笑い出した。

「あっはっははっ」

 フラヴィアは完全に壊れてしまっているようだ。


 オースティンは薬物を疑った。というか、もうそれとしか考えられない。ブライアンが持っていたクスリの出どころはローウェルなのでは?という疑いが確信に変わった。


 フラヴィアは急に立ち上がると、森へと走りだした。このままではまずいと慌てて追いかけ、後をつけると森の奥の大きな家に着いた。木の陰に隠れてフラヴィアを見守ると、家から白衣を着た男が表れ、フラヴィアの側へとかけよる。


「どこに行ってたんだ!」

「お、お父さん」

 ――お父さん?ってことはこいつがローウェル・グレースか?

 ローウェルは白衣に眼鏡をかけていて、いかにもな研究者のようで、髭を生やしている。

「次はないと思えよ。」

 ローウェルは舌打ちすると、乱暴にフラヴィアの腕をつかんで家に引っ張りこんだ。


「あっ、」

 やめろ!の声が出なかった。助けようと思ったのに恐怖に脚がすくんで動けなかった。

「俺の大馬鹿野郎」

 オースティンはぐっと唇を噛んだ。押し寄せてくる後悔に溺れ、フラヴィアの身の安全を祈った。

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