第2話

「仏様が夢で教えてくれた。前世で、あの人と俺は、夫婦だったのだと。誰もがうらやむ仲睦まじさで、でも、俺は事故で子供を産めなくなった。俺は家へ帰された。どうしても跡取りが必要だからと、新しい妻をあてがわれた。愛のない結婚。あの人は気が狂って、とうとう亡くなった。そのことを聞き、俺は仏門へ入った。残された人生、毎日、あの人のために祈ったよ。それで、死ぬ間際に、仏様が約束して下さった。来世で、あの人とまた会わせてあげると。だから、仏様は恩人なんだ。責める気は、一切、ない。仏様は約束を叶えて下さった。あの人も前世の記憶を思い出して、だから、接吻したのだ。間違いない。あの人は俺が望めば、俺を受け容れてくれる。でも、駄目なんだ。俺は男だから。あの人の子供を産めない。だから、今生で恋はしないと決めた。俺はまた仏門へ入ると決めた」

 もういいのではないか。次も同じ奇跡が起きるとは限らない。もし、二人が契ったところで、子供は生まれない。私さえ黙していれば、この悲恋を知る者は誰も居ない。

「国見。お前に害が及ぶといけないから。今回の恋を諦める言い訳にさせてくれ」

 目前には、ぼんやりとした少年の姿。私はふと思い出す。前世でも、私たちは親友だった。

 学校の帰り道。彼を待ち伏せしたつもりが、逆に後ろから声をかけられて。はにかんだあの子の顔。

「幸福であること」を目で視た結婚式。粉砂糖でできているみたいだと感じた白無垢。実際、お水に溶けてくみたいに、幸福は崩れ去ってしまった。包帯でぐるぐる巻きにされたあの子。でも、全然、お砂糖らしくなくて、身体中、苺ジャムを塗りたくったようだった。どうして、あの子が。実家に帰されて、その後、遠くにある私の家の別荘に閉じ込められた。街であの子の旦那様に会うと、しつこく、あの子の居場所を聞かれた。私は答えない。たまらなく嫌で、私、言ってやった。

「結婚したくせに。再婚したくせに。あの子を捨てたくせに」

 はたと気付く。あれ、もしかして、この人も被害者ではないのかしら。全ては遅かった。両親を殺して、新妻のお腹を刃物で切り裂く。後は、毒をあおってお終い。私、急いで、別荘へ向かったの。

「ああ、来たのね」

 あの子はすっかり自分の荷物を片付けてしまっていた。

「私、尼になります」

 ぷつんと糸が切れたような。私は眉をひそめて、首を傾げる。

「あの人を弔わないと。重罪人だから、きっと、地獄へ落ちるだけでは許してもらえない」

 私は口をぱくぱくさせる。私よ。私が悪いの。あの人のせいではない。ああ、おかしいな。声が出ない。

 あの子は、結婚式の日と同じ笑顔して、私を抱きしめる。

「ありがとう。私たちのために。これであの人を取られないで済んだ。あの人もあなたの檄で踏ん切りがついたのでしょう。私たちには、初めからお互いしか存在しない。やっぱり、持つべきものは親友ね。あなたが私たちの目を覚まさせてくれたの。わざわざ嫌なお役目ありがとう。でも、実行犯はあの人ですからね。あなたは声をかけただけ。別に、あなたは殺人犯ではありません。間違えないでね。だから、あなたは尼になる必要はないし、幸せになる権利も持っているのよ」

 私の 上半身を介抱し、女学校でよくしていたみたいに、お互い腕を伸ばし、手を組む。キラキラした瞳。いたずらを思いついた時のような上がった口角。

「ねえ、いつか子供を産んだら、きっと会わせてね。私、良い小母おばさんになるわ。その子のためにおこづかい貯めて、お菓子も作って待っているから。ねえ、きっとよ」

 私はぽろぽろ涙を流す。

 好きよ。私、あなたが一等大好き。やはり、声にはならない。あの子は何度も頷いて、「ええ、私もあなたが大好きよ」と返してくれた。そうして、私は涙を拭い、手帳の切れはしに文字を書きつける。

「私、きっと幸せになるわ」

 あの子は笑顔で受け取ってくれた。溜息を吐く。顔を上げると、隣には見慣れた少年の姿があった。

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