接吻とお砂糖

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 接吻をされたのだと、友は告白した。そうして、俯き、額の生え際に伸ばして揃えた指先を置く。胸元がぽうっと灯る。

い奴よのぉ」

「ふざけるな」

 笑いをこらえ、友人の肩を叩く。

「岡家には、男の子が無いから、坊主頭が物珍しいのだろう」

 そうなのか。橋本は、怪訝そうだ。

「親類縁者に男の子が無いから養子を取る当ても無い。しかし、娘は居る。当然、婿を取る。それはそれとして」私は指を組む。「いくら可愛いからと、娘の婚約者に接吻はできまい。色々の不都合が生じる」

 横を見ると、いかにも嫌そうな表情である。

「下手したら、破談だ」

「破談どころか、娘も家出しかねない」

 私は微笑む。人差し指を立てる。

「その点、橋本は岡氏の友人だから」

 橋本は腕を組み、大げさに首を捻る。

「危うくないだろうか」

「危うくはあるね」

 そんな簡単に肯定するのかと問われ、私は簡単に頷く。

美陰みかげの生徒は、しばしば、一般の愛情と性愛とを一緒くたにする」

 日本のパプリックスクールとも称される美陰学苑。全寮制の名門校と世間からは認識されている。実際のところは、高貴な血筋を守り育てるための孤児院である。間違いがあってはいけないから、女性を徹底的に排除している。それでも、幼子には人肌の温もりが必要だし、年頃になれぱ生理現象もある。この環境がややこしさを産むのだ。

「だから、少なくとも、岡氏には男色の気は無いと思われる。それに、むざむざ話の合う友人を失うような真似をするとも思えない」

 橋本と岡氏とは、親子ほどの年齢差がありながら、寺好き仏像好きという共通点がある。

「それもそうか。俺も趣味の話ができる友人を失うのは大変痛い」

 橋本の手許を見遣ると、夏目漱石の『こころ』が握られている。あれは確か。

「なあ、橋本。大学はどうするんだ」

「そう。岡先生にはそのことを相談しに行っていたのだ。事前に三つの提案をされた。一、仏像作りを学ぶために美大へ行く。二、学芸員の資格を得るために文学部へ行く。三、僧侶の資格を取るために仏教系の大学へ行く。国見、お前はどう思う」

 何故だろう。私には橋本の答えが解ってしまっていた。孤児である橋本には必要不可欠であるもの。美陰の関係者以外に自分を愛してくれる存在。一時の気の迷いで手放すには、惜しいもの。橋本は恋をしないことを選んだのだ。

「僧侶になるのだろう。頼むから山の中の大学だけはやめてくれよ。一緒に遊べやしない。私はK大へ行くつもりだから、橋本はB大かH大あたりかな。どうせ学費も岡氏が出してくれるのだろう」

 ちらと見ると、滂沱の涙だ。

「元よりそのつもりだ」

 橋本は、胸元まで上げた両手に顔を伏す。

「大馬鹿者だとそしられるだろう。でも、聞いてくれ」

「ああ、聞くよ」

 背中を撫でてやる。


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