第75話「討伐失敗」

 大久保号令の下、抜刀隊の警官達は一斉に銃弾を放った。後先考えない一斉射撃により、ボスと思われるワイラの前に立ちふさがる下級のもの達が次々と倒れていく。


 下級の外つ者は刀等の神聖な気を帯びた武器でなくても、致命傷を与えることが出来るため、近代兵器による物量攻撃が効果を発揮する。新生抜刀隊がかつての武芸の達人を欠いた状態でも復活できるという判断が上層部でされたのも、足りない実力は装備で補うという戦法のためだ。


 そして、兵器を活用するという思想は、更に一歩進んで近代兵器の専門組織である防衛隊も対外つ者任務に使用するという政策に繋がっている。


 もちろん、兵器に頼りすぎるのは武人としての矜持を欠くことになり、ひいてはレベルの向上を阻害することにもなりかねない。ただ、今のところは良い方向に進んでいるようだ。ワイラの前に立ちふさがるソルジャー級外つ者どもは銃弾に薙ぎ倒されて消え去り、辛うじて生き残っていたナイト級の外つ者もすぐに飛び出した刀を携えた前衛部隊に切り伏せられた。


 抜刀隊の活躍により、修と千祝ちいとワイラの間の障害は排除された。これは丁度先ほどの科学博物館の戦いで、そこに巣くう外つ者の大将であるオトロシへの道を修と千祝が切り拓き、老剣客の藤田が止めをさしたのと同じ様相だ。


 つまり、後は止めを刺すだけなのだ。


「今です!」


 大久保の声を合図に二人は走り出す。ワイラの目の前の外つ者を倒し終えた抜刀隊の警官達は、すでに目標をワイラに近寄ろうとする外つ者に変えており、銃弾で壁を作っている。修と千祝を邪魔する者は何もない。


「ツエリャァァァーー!!」


 剣気をほとばしらせながら二人は一斉に切り付けた。


 それに対してワイラは反撃するが、修と千祝のどちらが本命か判断がつかないようであり、どっちつかずの中途半端な攻撃にとどまった。


 更に言えば、一般に外つ者は知性に欠けているせいか、その攻撃は単調である。故に一流の武芸者にとっては対処が可能である。ただし、本能に根差した攻撃は、予想外の鋭い一撃にも繋がるため油断は禁物であるが、今回のワイラの攻撃はそこまでのものではない。


 二人はワイラの攻撃を余裕を持って回避し、態勢を崩すことなく深々と切り付けた。


「手応えあり!」


「やったか?」


 二人は手に伝わる感触に、勝利を予感した。藤田はワイラと同等の強敵であるオトロシを、一刀のもとに下したという事もあり、二人がかかりでこれだけの手応えがあれば、勝利は間違いない。二人はそう考えたのだ。しかし、


「グベアァァ!?」


 ワイラは何とも形容しがたい奇妙な叫び声を上げると、その身を震わせながら二人に向かってその巨体をぶつけてきた。


 二人は弾き飛ばされて宙を舞うが、地面に叩きつけられる前に何とか身を翻し、態勢を崩すことなく着地する。


「効いてないのか?」


「いえ、ほら! あれを見て!」


 予想外の反撃にワイラの力に戦慄する修に、千祝が切り付けた部位を示す。


 二人が切り付けた部分は、大きく裂けておりどす黒い粘液が噴き出ていたのだが、その粘液に浸された部分は見る見るうちに再生していく。


「そういえば、前にやったヤトノカミも凄い再生能力があったな」


「でも、ヤトノカミ程再生は早くなさそうね。あいつは目を潰してもすぐに再生したけど、こいつはそこまでじゃなさそうよ」


「ならば、やることは決まっているな」


「そうね。再生しきれない位切り刻みましょう!」


 気を取り直した二人は、攻撃を再開した。


 ワイラとつかず離れずの距離を保ちながら継続的にダメージを蓄積させていく。


 さしものベヒモス級の外つ者のワイラと言えども、与えられ続けるダメージに動きが鈍り、このままなら勝利は目前、と思われた時にそれは起きた。


「攻撃が……入らない……」


「これだ、粘液のせいだ!」


 急に修達の斬撃が、ワイラの表皮すら切り裂くことが出来なくなった。見れば手にしたそれぞれの刀がワイラの体から流れ出た黒い粘液に覆われていた。恐らくこれによって切れ味が無くなってしまったのだ。


 人を3人続けて斬ると、血と脂で斬れなくなるという。これは俗説であり、4人以上続けて斬ることはできる。名刀には四ツ胴、五ツ胴等の罪人の死体を利用した試し切りの記録が残っており、刀全体に血と脂がべっとりとついてしまっても人間を輪切りにすることが出来る。


 また、多少切れなくなったとしても、鉄の塊で殴りつけられたり、一、二寸切り付けられただけで人は死に至るのだ。刀の殺傷力とはそういう物である。


 しかし、対外つ者は違う。ワイラの体から出る黒い粘液は人の血脂以上に切れ味に影響を与えているし、外つ者の耐久力は多少殴られてもびくともしない。


 対人戦では考慮しなくても差し支えない状況が生起し、二人を危地に追いやっているのだ。


 数年前の、武芸者がもっと多い時代なら、強敵の外つ者に対してはもっと多数の武芸者で取り囲めたため、このような状況はあまり考えなくても良かった。また、二人の師匠である太刀花則武は、武芸者が激減した後、独りで戦い続けることに成功しているが、それは梵字の刻まれた鉄棒で忍耐強くダメージを蓄積した後、止めを刺せる段階で初めて刀を抜く等、独自の工夫を重ねての事である。


 師匠に、対外つ者の戦い方を詳しく教わっていない二人は、そこまで考えが至っていなかった。


「すみません。刀を貸してくださ……どうしたんですか?!」


 まだ切れ味の落ちていない刀を借りるべく、後退した修と千祝は、抜刀隊の隊員の様子をみて愕然とした。彼らは皆一様に呆けたような表情をして、脱力しきっていた。


 以前の戦いで、外つ者と相対した防衛隊の一般隊員が、正気を失ってしまったことがあるのを、二人は思い出した。恐らく先ほどのワイラの叫び声で精神にダメージを受けてしまったのだろう。


「あ! しまった!」


「逃げられちゃったね……」


 魂の抜けた隊員たちに気を取られている隙に、ワイラはその巨体に見合わない速度でこの部屋から離脱してしまった。他の外つ者は始末し終えていたため、この場には修と千祝と呆けたままの抜刀隊の面々が残された。


「どうしよう……」


 二人は途方に暮れる。ワイラが離れていったせいか、隊員達は少しずつ正気を回復しつつあるように見える。しかし、ワイラをどうすれば倒せるのかは分からないままなのだ。

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