第73話「国立博物館突入」

 老警備員の藤田と別れた修達3人は、科学博物館を後にして国立博物館へ向かった。


 先ほど科学博物館に突入した時は、ものの影響で異界化していたためか、押しつぶされるような嫌な空気に包まれていたが、科学博物館の外に出た今は、東京の中心部とは思えない爽やかな空気に包まれている。


 しかし、国立博物館に近づけばまた異界化による重苦しい空気に包まれることだろう。


「大久保さん。国立博物館に向かった人たちはどの位強いんですか?」


「一応抜刀隊の正規隊員で、この前の香島神宮の戦いの怪我から回復した者達です。ナイト級までなら対処できるはずですが……」


「それはちょっときついですね。さっき科学博物館で戦った相手は、ベヒモス級でしたから、国立博物館にも同等の外つ者がいるはずよ」


 国立博物館に向かいながら3人は、状況について予想した。結論的には現在戦っているはずの抜刀隊の部隊は、敵の大将格には敵わないということだ。


「では、防衛隊はどの位で到着しますか?」


「防衛隊は30分位で到着しますが、来れるのは中条さんと数名くらいです。米軍には防衛隊経由で要請しているはずですが、先日のダイダラボッチとの戦いの後遺症で、戦えるのはペリー少佐とマックイーン中尉の部隊くらいですからあまり期待できませんね」


「そうですか……いやでも、この前ダイダラボッチにぶちかましたみたいな大砲を持ってくれば戦力として十分じゃないですか?」


「いえ、ああいう重装備を持ってくるには時間がかかりすぎますし、流石に都心で砲撃するのはちょっと……」


「それに、文化財の国立博物館に向かって大砲を撃つわけにはいかないでしょ。修ちゃん。科学博物館と違ってあまり傷つけるわけにはいかないわ」


 千祝の発言に大久保は面食らった。修達は知らないようだが、科学博物館も国指定の重要文化財なのだ。あまり傷をつけていい物ではない。


「そういえば、科学博物館の中のあちこちに傷が……文科省にどう説明しよう……」


 作戦終了後に始末書や各方面へのお詫びに追われることを予想した大久保は、ブツブツと独り言を始めてしまった。


「あれ? どうしたんですか? 大久保さん」


「察するに、科学博物館も大切に扱うべきだったみたいね」


「もしかして、中の展示物も傷つけたらまずかったですかね? 外つ者のボスだったオトロシが依り代にしていた犬の剥製なんか、刀をぶっ刺しちゃったんですけど」


 大久保の様子が気になった修と千祝であるが、更に追い打ちをかけるようなことを言い放った。


「犬の剥製? 確かそれってハチこ……いや、今は考えるのは辞めておこう」


 大久保の知識の中には、科学博物館には渋谷駅前の銅像で有名な、忠犬ハチ公の剥製が展示されていることがあったが、これが損壊されているかもしれないというのは、大久保の精神衛生上良くないため、思考を停止することにした。


「一応言っておきますが、私たちはまだ高校1年生です。責任能力については限定的であると思います」


「そうそう、少年法というのがあるでしょう? 少年法ですよ少年法」


「言っておきますが、我々の行動は半分超法規的な事ですから、あまり一般的な法律で考えない方が良いですよ。緊急避難的な事なので責任には問われませんが、報酬が引かれるくらいはあると思ってくださいね」


「「は~い」」


 ジト目で釘を刺す大久保であったが、修と千祝の反応は呑気なものであった。


「まあいいでしょう。この道路を渡ると国立博物館に行けますが、敷地内がちょうど異界化していると考えられます」


 国立博物館の入り口の手前の道路に差し掛かった一行は、一旦その場に停止し、大久保が状況を解説した。


「どうしてそう思うんですか?」


「突入部隊との交信は、敷地に入る直前まで続いていました。我々の部隊では状況を伝えるために常に交信することを習性化していますので、敷地に入った途端交信できないのはそういう事なのでしょう」


「なるほど、異界化内では電波が通じませんからね」


 異界化内では電波が通じないため、通信機を用いた組織的な部隊運用ができず、ミサイルの使用も制限される。これに加えて、常人では正気を保つことが出来ないということが、外つ者に対して近代兵器や物量により対抗することを不可能にしているのだ。


「では、行きましょう。そういえば信号がついていないんですね。これも異界化の影響でしょうか?」


「いえ、警察で辺り一帯を通行止めにしている一環ですよ」


「へーぇ」


 国立博物館への作戦が決まったのは、つい数時間前の事である。その短時間で、交通封鎖等の措置が取れることに対して、修は国家権力の強大さというものを何となく思い知った。


 しかし、その強大な国家権力でさえ、外つ者という人間の常識や物理法則の外にある者に対しては出来ることが限られている。


 だからこそ、修のような武芸者の協力が求められているのだろう。


 そんなことを考えながら修は道路を渡り、開きっぱなしの門をくぐった。


「やっぱりここからか」


「そうね、この感じ、間違いないわ」


 門をくぐった瞬間、強烈な悪寒が3人を襲った。間違いなくここから先は異界化している。


「見ろよ。前に見た博物館の建物はあんなに優美だったのに、今はあんなに禍々しく見えるぜ」


 博物館の建物の中に外つ者が潜んでいるためか、そこから強烈な邪気が感じ取れる。これは、気配に敏感な修と千祝だけでなく、若干未熟な大久保も同様であった。


「行きましょう。時間がたてば力を増した外つ者が敷地の外に出てくるかもしれません。ここは都心、いくら辺りを封鎖しているとは言え、すぐ近くには大量の都民がいます」


 以前戦ったように広大な神社の敷地や防衛隊の演習場とは違い、一般社会が薄皮一枚で隣接しているのだ。


「さて行きましょう。できればすぐに先行部隊と合流して、外つ者を成敗してしまいましょう」


 サブマシンガンを構えた大久保を先頭に、抜き身の刀を手にした修と千祝は建物に侵入するべく前進した。


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