第72話「虎徹」
科学博物館の異界化現象の元凶である、
「伝えることが出来たので、直接こちらに来たのですが……こちらの方は?」
異界化した空間では無線が通じないため、今の大久保の様にして直接足を運ぶ必要があるのだった。
そして、その大久保は藤田の方をいぶかしげに見ながら、修達に尋ねた。
大久保は現在、修達と特別任務中であり、その正体の分からない藤田にその内容を知られるわけにはいかない。
なので本来は藤田の聞こえないところまで修達を連れて行って、その場で伝えるべきなのだが、その藤田は日本刀をぶら下げており、修達と友好的な雰囲気であるため、何かの関係者かもしれないと考えてまず素性を尋ねたのだ。
「こちらは藤田さんと言って、こちらの警備員だそうですよ。すごく強くて、多分お父様と同じかそれよりも上かも? 元警官だそうですけど、知らないんですか?」
その答えを聞いた大久保は予想外の返事に面食らった。
大久保はてっきり藤田の事を、武芸者業界の人物だと考えていたのだ。警察関係者だと思わなかった理由はある。5年前の外つ者との戦いで、警察庁抜刀隊が壊滅した時、抜刀隊を復活させるために動いた大久保は、警察の外つ者関係者は全てリスト化して知っていたのだ。
その中に藤田の名前は無い。
直接戦闘に関わらない関係者ならもしかしたら漏れがあるかもしれないが、現在生き残った武芸者の中でも最高峰の実力を誇る、太刀花則武に匹敵するような達人が記憶に残らないわけがない。
しかし、修達はこの藤田という老剣士を信頼しきっているようであるし、藤田の佇まいは武芸の達人だけではなく、警察に奉職したもの特有の雰囲気もある。
結局大久保は、藤田を対外つ者の任務をこなしてきた、警察の先輩として扱うことにした。
「初めまして、藤田さん。自分は警察庁抜刀隊の大久保と言います。まだまだ未熟者ではありますが、どうぞよろしくお願いします」
「ホントに未熟だな。所作を見ただけで分かるぞ。こっちの坊ちゃん嬢ちゃんの方がナンボか強いのが、戦わなくても分かるぞ。まぁ「鬼越」と「太刀花」と比べるのも酷かもしれないが、それにしたって弱すぎるだろう」
いきなり、実力の無さを指摘された大久保は怒るよりも、事実をはっきりと言われて悲しくなった。
大久保は現在の抜刀隊の中では、上位の実力があるが、かつての抜刀隊なら辛うじて入隊が許されるギリギリの者でしかない。
本来なら大久保程度の実力の者が、抜刀隊を名乗るなど許されない、武に対する冒とくなのだ。
これは、かつて戦った武芸者の生き残りである鞍馬にも指摘されたことである。
しかし、だからと言ってめげるわけにはいかない。今の日本社会を外つ者から守れるのは今の抜刀隊だけなのだ。
「それは十分承知しています。しかし、外つ者と戦うことが出来るのは、曲りなりにも自分達だけです。市民を守るためにはこの身を粉にして働く所存です」
「ふ……ん? まっいいだろう。気組みは十分みたいだし、最低限のもんはありそうだから技量はその内ついてくるだろうさ。その気持ちはわすれるなよ?」
大久保の返答に、藤田はそれなりに納得したようであり、大久保は安心した。
「で、どうしたんですか? 大久保さんは公園で待機していたはずでは?」
大久保が藤田と二人の世界を作っているため、置いて行かれた修が大久保に尋ねた。本来大久保は修と千祝に要件があってきたはずなのだ。
「そうでした。実は国立博物館に土偶を回収に行った部隊との無線連絡が途絶えたのです」
「という事は?」
「恐らく国立博物館も異界化してしまったようです。別働隊を向かわせて、防衛隊にも応援を要請しましたが、対処しきれるかは分かりません。なので手近で一番実力のあるお二人に事態を伝えに来たのです。丁度こちらが片付いたようで幸いです」
「それは拙いですね。すぐにでも向かいましょう。藤田さんについて来てもらえば大抵の外つ者なら簡単に片がつきます」
「ん? 俺はそっちには行かないぞ。なんせ今はただの警備員だからな。自分達だけで何とかするんだな」
藤田の力を借りて簡単に事態を解決しようとした修の発言に、藤田は冷や水を浴びせかけた。
「えっ? 駄目なんですか?」
「その通りだ。何でも人の力に頼るのは武芸者としての成長に良くない。それに、新しく出てきた外つ者が、ここでの原因と同じく土偶に封印されていた奴に由来するなら、脅威は大して変わらん。あの程度の奴ならお前らなら対処できるはずだ」
藤田の発言内容は修と千祝にとって納得できるものだったため、それに従うしかなかった。それに、強力な外つ者を相手にしても必ず勝てるという、藤田の信頼を裏切る訳にはいかなかった。
「分かりました。短い間でしたが、共に鞍を並べて戦えて勉強になりました。是非今度また色々教えてください」
「会えたらな。見ての通り老骨だからそんな機会に恵まれるかどうか」
「ははっ。御冗談を。藤田さんはまだまだ元気ですよ。それではさようなら」
「こちらこそさらば……おい、大久保だったな。その刀をちょっと抜いて見せな」
笑顔で別れようとする修達に対して、別れの言葉を発していた藤田が急に何かに気付いたらしく、大久保に向かって抜刀するように求めた。
「あっはい。はっ!」
刀を抜くように求められた大久保は、静かに気合を込めて抜刀した。
それは、藤田に良いところを見せようとして気持ちが充填していたためか、大久保の今までの抜刀動作の中でも指折りの見事なものであった。
「あん? あ、抜けってそういうんじゃなくて、刀を見せてほしいだけなんだが……一応そこそこいい動きだったぞ」
自分の意図が十分に伝わっていなかったことに少し呆れた表情だったが、一応大久保の腕前を褒めた藤田は、刀に目をやるとしげしげと眺めた。
「大久保さん。あんた、この刀が何だか知っているかね?」
「いえ、銘が削られているので詳しくは。鑑定に出してもはっきりとした答えは得られていません。ただ、切れ味は抜群で、抜刀隊の中でもこれほどの刀を持っている同僚はいません」
「そうだろう。そうだろう」
藤田は何故かは分からないが、実に嬉しそうに顔をほころばせた。
「もう一つ聞くが、大久保さん。先祖に大久保大和という人間はいるかな?」
「はい。直接の血の繋がりはありませんが、そういう人はいました。抜刀隊の初期の構成員で、この刀もその人から受け継がれていると聞いています。藤田さんはご存じなのですか?」
「ああ。良く知っているさ。機嫌がいいから一つ教えてやるが、その刀は「虎徹」だ。最強の剣客が振るっていた刀だから大切にするんだな」
「虎徹? 虎徹というと新選組局長の近藤勇が使っていたっていうのと同じってことですか?」
「いやまて、千祝。近藤勇の虎徹は偽物だって聞くぞ」
大久保と藤田の会話に、千祝と修がつい割り込んでしまった。これはあまり礼儀上よろしくない。
「偽虎徹? いやいや、虎徹だよ、虎徹。ハハハハハ」
礼儀に五月蝿そうな藤田であったが、機嫌を害した様子はなく、笑いながら部屋の外に立ち去り、そのまま姿が見えなくなってしまった。
狐につままれたような心境の修達であったが、国立博物館に向かった警官達が危険に陥っていることを思い出し、急いで科学博物館を後にした。
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