第66話「ラブホ騒動(御用改め)」
修と千祝が
歩いている三名は、二年生で修達の上級生にあたる那須、同じクラスの舟生と中条である。
那須は、以前実家の神社で外つ者が復活した際に、修達に助けられた経験のある女生徒である。
また、中条は、不良に襲われているところを修に助けられたことがあるがあり、この二名は修達に恩義を感じている。
それとは逆に舟生は、千祝になぎなたの勝負で負けたことと、なぎなた部への勧誘をけんもほろろに断られたことから、恨みに思っている女性である。
この三名は、那須と舟生は同じなぎなた部員であり、舟生と中条が同じクラスであるということから、舟生を起点として親しくなったため、休日に一緒に遊びに行くことになったのだ。この日は、アウトレットモールに買い物に行く予定であった。
三名の間の話題としては、共通の知人である修と千祝のことが取り上げられることが多い。この日も舟生が千祝について文句を言っていた。
「だから、太刀花さんが、うちの部に入れば確実に全国制覇できるのに、鬼越君との付き合いがあるから全く興味を示さないんですよ! そのくせ二人は付き合ってないとか言ってるんですから!」
「そうねぇ。でもあの二人は素でああなんだから、しょうがないんじゃないかしら?」
「それは……そうかもしれませんが」
舟生は修と千祝の関係の奇妙さについて怒っているが、那須としても前に二人に対して布団を一つだけ用意するという、セクハラ的な冗談を仕掛けたところ、二人がまるで動じないために逆に赤面するようなことがあったため、分からないでもない。
「それに、なぎなたの腕前なら、舟生さんが劣っているわけではないと思いますから、心がけ次第で勝てると思いますよ」
「そうですか? 確かに技術ならそんなに負けているとは思ってませんが、何と言うか武の根本的な所で負けているのではないかと……」
舟生がうまく言葉に出来ない事について、那須は心当たりがあった。
舟生は千祝と修が、外つ者という、この世の者ならざる怪物を多数屠るのを目撃している。二人は恐ろしい外見の外つ者との命のやり取りを、まるで動じることなく戦闘マシーンのごとく遂行していた。
千祝にあって舟生に無いものは、そういう所にあるのだろう。そして、それは平和な学生生活を過ごしている以上、経験することはまずないのだ。
三名がそんな会話をしながら国道の近くを通りかかった時、奇妙な形状の建物が目に飛び込んできた。車道を挟んで反対側の建物だが遠くからでもよく目立つ。
「見てくださいよあれ! UFOじゃないですか。UFO」
中条が指し示す建物はその言葉の通り、円盤型のUFOの形をしていた。
「何なのかしら? UFO博物館……とか?」
「那須先輩。ちょっと見てきます」
舟生はそう言うと、横断歩道を渡りUFO型の建物の方に走って行った。信号がすぐに変わってしまったため、那須と中条は道を渡ることなく、留まったままだ。
建物に近づいて看板らしきものに近づいた舟生であったが、すぐに走って戻ってきた。かなり慌てているようであり、全速力で走ったためか顔は紅潮している。
「おかえり。なんだった?」
「何って……ラ……ホ……」
「え? 何だって?」
「待って中条君。ちょっと遠いけど、あの看板の文字を見てごらんなさい」
舟生に促された中条は看板の文字を何とか読んでみた。看板にはご休憩とか、金額とかが書かれていた。
どうやらあの建物は、いわゆるラブホテルというやつである。この手の施設はどういう訳か、高速道路や国道等の幹線道路沿いに多く存在している。ここも丁度国道の傍だ。
「謀ったわね」
「いや、謀ってないよ」
最初に建物に注目した中条は、舟生に恨みがましい目で見られた。
「ちょっと離れて歩いてくれる? ああいう建物の近くを並んで歩いて、誤解されたくないから」
なお、三名ともこの様なホテルに入った経験は無いため、時間帯と利用客の数など知る由もないため、完全に想像で物を言っている。
「こんな真昼間からああいう所に入る人なんかいないから、誤解なんかされないんじゃないかな?」
「でも、ほら! あの二人、入ろうとしてるじゃない」
舟生が指し示す様に、背の高い若い男女が今まさにホテルに入ろうとしていた。
「あれ? あの二人って……」
「太刀花さんと鬼越君ね。どうしたのかしら……って、舟生さん何してるの?」
いつの間にか舟生はスマートホンを取り出して、パシャパシャと写真を撮っていた。最近のスマートホンの解像度はかなり良いため、二人がホテルに入ろうとしている姿は、鮮明に撮影されている。
「決まっているじゃないですか。これで勝ったようなものね」
「うわっ。この人脅す気だよ」
「そういう風に勝っても、しょうがないと思いますよ。それに、太刀花さん達がそういう目的で入ってるとは限らないでしょう?」
中条はドン引きし、那須は冷静に諭す様に舟生をなだめた。しかし、舟生は納得しない。
「那須先輩。ああいう場所に若い男女が入るとしたら他に目的なんか、あるわけないじゃないですか」
「え~と、殴り込みとか?」
「ありえないわね。な~にが付き合ってないとか、よくもまあ言えたものね」
那須と中条に対して舟生は、勝利を確信するように勢い込んで言った。しかし、その舟生の言葉をかき消すような音声が辺りに木霊した。
「御用改めである!」
「神妙にお縄につきなさい!」
ホテルの方から響いて来るのは、やけに時代がかった修と千祝の声であった。
「やっぱり殴り込み……というか討ち入りじゃないか」
「でもすごい声ね。ああいう建物って防音がしっかりしてそうなのに」
なお、三名はこの様なホテルに入った経験は無いため、本当に防音が完備しているのかなど知る由もないため、完全に想像で物を言っている。
「あれだけの気迫のこもった声を至近距離で浴びせられたら、常人ならまともに対応できなくて、金縛りにあったようになるでしょうね」
「なるほど、無言で奇襲した方が有利に思えますが、そういう利点があるんですね」
那須の感想に中条が感心する。舟生は予想を完全に裏切られたため、茫然としている。
そうこうしている間に、ホテルの中からは修達の裂帛の気合が響いて来る。中では激戦が繰り広げられているようだ。
「どうなると思います?」
「太刀花さん達が、そうそう負けるとは思えませんが……あっ誰か出て来る!」
那須が気付いて指さした方向を見ると、一人の男がホテルの入り口から出て来るのが確認出来た。そして、まだ赤信号で車が走ったままの横断歩道を渡ってくる。
「あら? こっちに来るわね」
「まずいです! あいつ何か手に持ってますよ!」
那須達のいる方に走ってくる男は、手に小型のナイフを持っていた。ホテルの入り口から千祝が出てきて男を追跡してくるが、車の量が多いためすぐに追いつくことは出来そうにない。
男は那須達に向かって真っすぐに走ってくる。どうやら、人質にでもしようという魂胆があるらしい。三名は運動に適した靴を履いていないため、逃げ切れるとは限らない。
中条は、男として那須と舟生を守るために、戦うべきか、一緒に逃げるべきか一瞬迷った。しかし、結論が出る前に事態は動いた。
「うわっ」
中条は、何者かに背中を押されて、バランスを崩してたたらを踏み、何かにぶつかった。顔を上げて何にぶつかったのかを確認すると、それはナイフを持って走り寄ってきた男であった。中条は男に抱えられてしまっている。
中条は驚いて離れようとするが、かえってバランスを崩してしまい、転びそうになってしまった。そのため、中条を抱えているナイフの男も一緒に不安定な姿勢になってしまった。
「ツエァッー!」
中条とナイフの男がもつれ合っている時に、舟生が気合を込めた一撃をナイフの男に放った。舟生の手刀は男の喉仏を潰し、男はその場に崩れ落ちる。舟生は男のナイフを持った右手を踏み抜き、痛みのあまり手放したナイフを遠くに蹴り飛ばした。
中条を突き飛ばすことより予想外のタイミングで人質にし、足手まといを抱えさせた隙に勝負を決するという、舟生の作戦が流れるように成功した瞬間であった。
「すみません。お手を煩わせてしまったみたいで……あら? 那須先輩達じゃないの」
ようやく千祝が追い付いて来て感謝の言葉を述べてきた。
「太刀花さん。これは一体どういうことなのかしら?」
「ごめんなさい。詳しく話すことは出来ないのだけど、言わばテロの防止みたいなものね」
那須は千祝の発言から、外つ者関連の事件なのだろうと何となく察したので、それ以上は追及しなかった。
千祝が結束バンドを使って男を拘束している間に、サイレンの音が近づいて来て、何台ものパトカーが集結してきた。
停車したパトカーから、屈強な警官達が下車してくると、ホテルの方に吸い込まれていった。
パトカーから降りてきた男達の中で、唯一私服の男が千祝達の方に走ってきた。
「大久保さん。遅いですよ。受け渡しが終わってしまいそうだったから、先に突入させてもらいました」
「すみません。県警の方に話をつけるのが遅れてしまって……あなた達、怪我とかは無いですか?」
私服の警官である大久保は、那須達に怪我の有無を確認したが、中条が少し擦りむいたくらいで特に問題は無かった。
大久保は出動の遅れから、事件に巻き込んだことについて謝罪すると、ナイフの男をパトカーの方に連行して行く。時を同じくして、ホテルから十数人の男達が警官達に連行されて出てきた。警官に混じって修の姿もある。
「じゃあ、私と修ちゃんは、パトカーで警察と一緒に行くから、ここでさよならさせてもらうわね。あまり、今日の事は触れて回らないようにしてね」
あまりの事態にあっけにとられた舟生達は、千祝の言葉に頷くしかなかった。
「それと、舟生さん。さっきの動きは良かったわよ」
「あっそ」
ついでの様に舟生の戦いぶりを褒める千祝だったが、舟生はそっぽをむいてぶっきらぼうに答えた。褒められたのは嬉しいが、その直前に十数人の男達を制圧した千祝達に言われても素直に受け止めることが出来ないのだ。
千祝と修を乗せたパトカーの群れは、舟生達を残して走り去っていった。辺りには何の痕跡も残っていないため、舟生達にとっては白昼夢のような出来事であった。
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