第65話「託宣」

 情報屋から仕入れた、別の情報源を求めた修と千祝ちいは、教えられた囲碁会所に来ていた。手には、情報の依頼に必要だという手土産を持っている。


 示された囲碁会所は、都心の駅から徒歩数分の場所に建つビルの中に位置している。ビルは都心オフィス街の中にあるだけあって、新しい現代的な作りになっており、清掃も行き届いているため清潔感が溢れている。先日訪れた雑居ビルのバーは、高級感こそあったものの怪しげな雰囲気に包まれていたため、同じ情報屋がいる場所であっても大違いだ。


 囲碁会所に入った修達は、入り口付近の受付に向かい、情報屋から貰った紹介状を係員に見せた。囲碁会所の落ち着いた雰囲気が、情報屋というアンダーグラウンドな存在にそぐわないため、本当にここで良いのか修達は不安を覚えていたが、係員は表情を何一つ変えることなく奥の個室に入るよう促した。


 示された部屋に向かう途中に大部屋を見渡すと、設定されたテーブルで数組が対局していた。対局しているのは、小学生らしき子供から、学生服を着た男、スーツ姿のサラリーマン風の男性や老人まで様々である。


 彼らの対局している場を通りぬけた修達は、「艮」と書かれた扉の前にたどり着いた。「うしとら」と読むのか「ごん」と読むのかは修達には不明であった。


 ノックをしようとして修は手を上げた。


「入りなさい」


 修がノックをする直前に、中から機先を制するように声が掛けられた。修と千祝は驚いて顔を見合わせると、周囲をキョロキョロと見回した。監視カメラでもあるのかと思ったのだが、それらしきものは発見することが出来なかった。


 いつまでもドアの前にいても仕方がないため、意を決して二人は中に入ることにした。


「ようこそ。お二人さん」


 艮の部屋の中で二人を迎え入れたのは、中国の道士の様な服装をした年齢不詳の男であった。


 部屋の中は意外と広く、中国風の調度品が置かれている。そして、囲碁会所であるからには当然なのだが、部屋の真ん中に位置している机には、碁盤が据えられていた。


「キャソックから話は聞いているよ。まっ、縄文時代の事なんてカバーしてる情報屋なんていないから、ここに来て正解ですね。私のことは共工と呼んでください」


「ということは、縄文時代の怪物について何か知っているんですね! ああ、失礼、自分は鬼越修。連れは太刀花千祝と言います」


「いいえ。知りませんよ。そんな、神話も無いような時代の事なんか知ってる者などいるわけがないでしょう」


 期待を込め、勢い込んで質問する修であったが、帰ってきた返答は肩をすかすようなものであった。これでは何のためにここに来たのか分からない。疑問の表情の修達に、共工が言葉を続ける。


「情報自体は無いが、手掛かりなら掴めるってことですよ。手土産は持ってきているでしょう」


「ええ、これですね」


 千祝は、手にしていた風呂敷包みを解いた。中から出てきたのは日本酒の一升瓶である。


「お? 結構良い銘柄のを持ってきてくれたようでありがたいですね。もっと安物でも、ある程度のアルコール度数があるものなら何でも良かったんですが」


「それはまあ、お世話になるわけですから。でも、情報に必要だって聞いたんですが、どうやって使うんですか?」


「どうって。酒は飲むに決まっているじゃないですか」


 そういった共工は、部屋に備え付けられた棚から杯を取り出すと、修達が持ってきた日本酒の瓶を開封し、杯に注ぎ始めた。


「いつもなら、客人にも勧めるところなんですが……高校生に飲酒させるわけにはいきませんね。そこにあるポットから適当に茶でも飲んでください」


 共工は、そういい終わるやいなや杯に口をつけ、一気に飲み干した。そして、飲み干すと同時に追加の酒を杯に注ぐ。


「え~と、酒を飲むのと、手がかりを得るのとがどう関係するんですか?」


 修が当然の疑問を発する。確かに今の状況だけでは、共工は単なる酒飲みにしか見えない。


「うん? キャソックから聞いてないのかな? ここは囲碁会所だ。当然囲碁をするに決まっているだろう」


 酒が回って来たのか、共工の口調が丁寧なものから砕けたものに変わってきた。修達は自ら注いだ茶を口にしながら、共工の次の言葉を待つ。


「酒によって酩酊した状態で、無念無想の状態で碁石を打つ。それによって盤面に展開される黒白の碁石の配置から陰陽を読み取る。それが俺のやり方って訳だ。碁石が教えてくれる情報を読み取っているだけだから、俺も全く知らないような、そう、今回みたいな件でも手掛かりが掴めるって寸法さ」


「なるほど、易の類ってことですね。普通の占いと違うのは、筮竹とかを使うのではなく、碁石を使うってことで」


「そうそう。じゃ、早速やってみようか。実は俺は酒に弱いんで、とっととやらないと眠っちまうんだ」


 そういった共工は、机の上の碁盤を指し示した。かなり使い込まれているようで、趣を感じさせる一品である。


「う~ん。千祝、どうしよう。俺、ルールはあまり知らないんだけど。囲んだら相手の石をとれるとかその位で。千祝は囲碁の漫画をよく読んでたから知ってるよな。任せた」


「それじゃあ私がやるわよ。太刀花家に伝わるのは武道だけでないということを見せてあげる」


「お~い。勝ち負けは関係ないんだけどね……」


 盤面の石の配置から占うのが目的であるため、ルールすら知らなくても構わないのだが、二人はあまり話を聞いていなかった。


「ま、いっか。それだけ気合が入って勝負に没入してくれた方が、占いやすいってもんだ」


 ニギリの結果、千祝が先手となり勝負は始まった。

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