第62話「怪獣土偶」
子供たちを連れた修達は、国立博物館の入り口をくぐった。チケットは人数分染谷が用意していたため、ただである。入場チケットは常設展と特別展の両方に入れるものであり、今やっている特別展は、「日本の先史時代」をテーマにしているものである。
門をくぐると見えて来る、国立博物館の本館は古いデザインのコンクリート製であるが、瓦屋根を乗せ東洋風の雰囲気を纏っている。この建物自体が、重要文化財に指定されており、貴重なものである。
今回は先に特別展を観る予定であったため、本館の脇を通ってすぐ近くの平成館と呼ばれている新しい建物に向かう。この建物は本館に比べるとその名の通り新しいため、現代的なデザインだ。
特別展の入り口に向かうと、人々が長蛇の列をなしているのが見える。待ち時間が表示されており、そこには30分待ちと書かれている。
「マジか。結構待つんだな」
「鬼越さん。30分待ちならまだ甘いですよ。阿修羅像とか、人気の特別展の場合は1時間待ちもざらだとか」
修が面倒を見ることを受け持っている子供の一人である曽我くんが、親切にも教えてくれた。小学四年生だと聞いたが、しっかりしている印象がある。多分、中学受験でもするのだろう。
一応修や千祝も中学受験をしているのだが、この子供たちは修達よりも偏差値のランクが高そうだ。
雑談をしながら時間を潰し、ようやく入場すると中は見物客でごった返していた。展示室は展示品の保護のため、光が抑えられているため薄暗い。
この暗さと人ごみでは、染谷一人では十数人の子供たちの面倒を見るのは難しいだろう。修達を連れてきて引率を分業しているのは正解と言えるだろう。
展示は、旧石器時代から始まっている。旧石器時代は土器はまだ無いため、石器が展示の主流だ。
旧石器ということで、当然、打製石器が展示されており、石の
展示されている石器の中でも、修の目を引くものがあった。
「おっ。これかっこいいな」
「これは細石器ですね。小さな細石刃を木や骨に埋め込んで使う道具で、石が刃こぼれしてもすぐに取り換えられる利点があったとか聞きますね」
修が受け持ったグループの一人である、本田さんが教えてくれた。彼女は小学五年生であり、曽我くんとは一歳違いのはずだが、随分大人びて見える。
細石器は、多数の数センチの小さな石製の刃であり、槍や矢の様に獲物に対して効果があるようには見えない。しかし、細石器を木や骨の棒で出来た軸に埋め込むことにより、小さな石器でも大きな道具にすることが出来る。木に埋め込んだ復元も展示してあり、見た目は剣の様である。刀を愛用している修であるが、こういう武器も結構好みである。
旧石器の次は、縄文時代の展示である。縄文時代の展示ということで、その時代の由来ともなった縄文土器が展示品として大きなスペースを占めている。石器や土器の他には、貝や骨で出来た装飾品等も展示品に混じっている。土器の中には教科書で見た事のあるような、有名な物もある。流石は国立博物館といったところである。
「そう言えば、聞いたことあるかな? 君たち。黒曜石の鏃は、鉄製の鏃に勝る貫通力があったという実験結果があるらしいぞ」
修は年上としての威厳を示そうと、展示品に関連する蘊蓄を語ってみた。なお、この知識のもとは漫画であるため、正確な学術論文などで確認していないため、この様な行いはあまり推奨されない。
「ああ、知ってますよ。サクソン=ポープの実験ですね」
「あ、そうなの?」
引率する子供達の一人である、木下さんに即座に返されて、修は反応に困った。学術的な知識の物を喋っていないため、こういうことになるのだ。
「しっかし、この石の矢って、獲物に刺さっても矢が折れちゃわないかな?」
「その、折れる、というのが利点らしいわよ。矢が折れると先端の鏃が体内に残って、獲物の動きが鈍くなるから、そこに止めを刺すというのが、狩猟民族の研究から明らかになってるから」
得意の武器の取り扱い、という方向性に持っていき、無駄に優位性を獲得しようとした修であったが、更に詳しい知識を披露されてしまった。小学生からこういうイベントに参加するだけあって、かなり深い知識を得ているようだ。
鏃に関する会話を終え、展示室を進んで行くと、一際多くの人だかりができている部屋にたどり着いた。
「なんだ、ここ? 何にこんなに集まってんだ?」
「あれ? 鬼越さん知らないんですか? あそこに展示されているのは、今回の特別展の目玉、怪獣土偶ですよ」
「怪獣土偶?」
修の疑問に、引率している子供の最後の一人である、多古君が即座に答えた。そのような土偶が発見されたと、修はニュースで見た覚えがあったが、この博物館に展示されているとは知らなかったのだ。
「でも、何か怪しくないか? 海外でもそんな土偶だか、ハニワだかが見つかったっていうけど、結局偽物の可能性が高いって言うじゃないか」
「アカンバロの恐竜土偶ですね。当然怪獣土偶も同じような、捏造の産物だという疑惑があったそうですが色々検証した結果、特に否定的な結論は得られなかったようですよ」
「へぇ」
きちんと検証した結果というのなら、それを必要以上に疑うというのも失礼な話なので、修はとりあえず納得することにした。
「それに、恐竜土偶は原始人と恐竜が同じ時代に生きていたとか、そういう変な説に使われたもんですから、何らかの意図があったのではないかと疑われる物でしたが、怪獣土偶はただの変わった土偶ってだけですからね」
「縄文人が想像力を働かせて、作っただけだと?」
「そういう事です。いわゆる祭祀関連ですね」
怪獣土偶はかなりの人だかりであり、見物するためにはかなり待つ必要があったが、この特別展の目玉であり、子供達も楽しみにしている様なので、我慢して中々進まない行列に並んだ。修としても少し興味はあったということもある。
10分くらいは待たされて、ようやく怪獣土偶の目の前にたどり着くことが出来た。
怪獣土偶は手のひらに乗るぐらいの大きさで、怪獣という仰々しい名称からは少し拍子抜けするものであった。
その形状は、トカゲらしき生物を基調に、トゲのついた甲羅を背負い、前足には鋭い鉤爪が付いている。
中々に禍々しい姿である。
「なるほど、まさに怪獣だな」
「そうでしょう? 恐竜を模したとか、そういった次元の存在じゃなく、まさに悪夢に出て来る怪物を形にしたような土偶でしょう?」
縄文人も夢を見たんだろうか、などとどうでも良いことを考えながら、後続の見物客たちに場所を譲るため土偶の前を後にする。別に時間制限はないが、思いやりというものだ。
立ち去ろうとした時、修は何か妙な気配を一瞬だけ感じた。
修は何事かと辺りを見回したが、気配の発生源を見つけることは出来ない。もう少し原因を探りたいところであったが、見守るべき子供達が人込みに消えてしまいそうだったため、諦めて引率に集中することにした。
その後、弥生時代の銅鐸等の金属製品も加わった展示品を見物したり、海外における黒曜石のナイフを使った儀式の紹介などを見て、特別展の見学を終了した。
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