第61話「待ち合わせ」

 修と千祝ちいが、数度目の道場破りの襲撃を撃退した数日後の休日、二人は上野駅に来ていた。


 理由は、日本史のレポートの再提出の代わりに、日本史の教師である染谷を手伝うためだ。二人は待ち合わせの場所である、駅前の公園の噴水の前に向かった。


「おはようございます。染谷先生。その子達が今日面倒を見る子ですか?」


「そうですよ。他にも手伝いにくる子がいるから、もう少し待っててくださいね」


 染谷の周りには、小学生高学年くらいに見える子供たちが十数人程待機していた。この位の子供なら騒がしくしそうなものだが、静かに本やスマートフォンを見ている。見た限り育ちが良さそうな感じがする。


 彼らは、染谷の大学での恩師がやっている体験学習の参加者である。今回、東京都上野にある国立博物館の見学が体験学習の内容なのだが、恩師の都合により染谷が面倒を見ることになった。しかし、手が足りないので修達を手伝いとして頼んだのだ。


 修と千祝にとって子供達の面倒を見るのは、日頃の道場での指導で慣れているので大したことではない。そのため、宿題の再提出に比べたら容易いことであるし、染谷の金で博物館に入場できるのでメリットもある。このため、どちらかというと修達にとっては望むところであった。


「先生、他の手伝いをしてくれる人って誰ですか? 他の学校の歴史の先生ですか? それとも、大学生とかですか?」


「それなら、すぐに分かりますよ。今ちょうど来ましたから」


 染谷の指し示す方向を見やると、二人の若い女性がこちらに来るのが見える。この二人は、修と千祝にとって見覚えのある人物だ。


「辰子さん。と、ふ……ふ……ぬふう?」


「修ちゃん。舟生ふにゅうさんでしょ。同じクラスなんですからしっかりして下さい。相変わらず他人への興味が薄いんだから」


 そう言う千祝は、何故か微妙に嬉しそうな口調である。おそらく修が、自分以外の女性に興味がないのが嬉しいのだろう。ちなみに、最近は改善傾向にあるとはいえ、鬼越家と太刀花家の人間以外への関心が薄い、という点については千祝も修とどっこいどっこいである。


 ものとの戦いや、生き残りの武芸者との死闘と対話などを通じて、常人に近い感覚を取り戻しつつあるが、まだまだその道は遠いようだ。


 那須辰子は、香島神宮の宮司の娘であり、その血をもって神代から要石に封じられている強力な外つ者、ヤトノカミを復活させることが出来る。そのため、現在は警護のしやすい修達の住む町に引っ越してきており、修達の通う八幡学園に転校してきている。辰子は、修達の1学年先輩にあたるため、普段どんな学生生活をしているかは二人は知らないが、染谷と知り合っているようだ。


 なお、修達に命を助けられて、その直後に転校してくるというフラグを立てそうな設定の娘であるが、通学路での衝突などのフラグを、修と千祝の協同作業でへし折っているため、当て馬にすらなっていない。


 舟生は、修と千祝のクラスメートの女生徒である。中学時代になぎなたの大会で優勝した実力の持ち主で、染谷が顧問を務めるなぎなた部の期待の新人だ。しかし、なぎなたの授業で千祝に敗北を喫しているため、敵対意識を持っている。


 なお、千祝が容赦なく舟生を叩き潰した理由は、舟生が薙刀の実力者である修を部活のコーチとして招こうとしたためである。舟生は修に対して特に恋愛感情などは無かったのだが、修に近づく女性を自動迎撃していた千祝にとっては関係なく撃退の対象となったのだ。


 もしも、修に薙刀の指導を受けたりしたならば、フラグが立ったかもしれないが、事前に念入りにへし折られているため、当て馬にすらなっていない。


「辰子さん、どこで染谷先生と知り合ったんですか?」


「転校して来てから、なぎなた部に入ることにしたんですよ。そこで、顧問の染谷先生に今日の件を頼まれたんです」


「あら? 辰子さんは、薙刀をやってたんですか?」


「ええ、薙刀だけでなく、弓もやりますよ。伊達に武神である武御雷を祀る神社の娘じゃありませんから」


「その割には、この前の戦いで……おっと」


 修は余計な事を言いそうになったため、口ごもった。染谷や舟生の前で、外つ者との戦いについて話題にするのは拙い。


「辰子さんは、国体のなぎなた競技に茨城県代表で出るくらいの実力者なんですよ!」


 何故か舟生が自慢げに千祝に言ってくる。前に修や千祝をなぎなた部に勧誘しようとした時に、けんもほろろにあしらわれたことを、根に持っているのかも知れない。


「じゃあ今度、辰子さんもうちの道場に稽古しに来たらどうですか?」


 辰子はその血のために狙われる可能性がある。身を守るためには、自らの実力を高めてもらうのも良い手段であろう。修としては知り合いに危害が及ばないよう、予防しておきたいのだ。


「先生も、今度どうでしょう? 水野先生や里見先生も良く来ますし、昔通ってたなら、お父様も喜ぶと思いますよ?」


 二人としては、担任である染谷との接点を増やして、印象を良くしておきたいのだ。この先、戦いで学校生活に影響が出てきた時の事を考えると、協力者を増やしておくのに越したことはない。


 更には、太刀花道場の稽古は、何らかの武道を十分に修練した者にしかついていけないと言われている。その太刀花道場の稽古に、中学から武道を開始したのにも関わらず食らいついていき、なぎなた競技の全国王者となった染谷の力量にも興味がある。


 二人は、最近殺伐とした死闘が多かったので、実力のある武道家と楽しい稽古がしたいと思っているのだ。


「舟生さんは……まあ来なくても良いですよ」


「こちらから願い下げだ!」


 好意が無いとはいえ、修に接触しようとした舟生に対しては、千祝の反応は冷淡であった。舟生も千祝に敵意があるようである。また、生死がかかっているため、無理にでも修行が必要な辰子や、既に関わっている染谷と違って、舟生を積極的に誘う理由はない。そのため、修は舟生を勧誘することは止めた。


「はいはい。それぐらいにして、博物館に行きますよ。一人あたり四人の子供を受け持ってくださいね」


 話が逸れてきたため、染谷は話を元に戻し指示をした。教師なだけあって、放っておくとグダグダになってしまう学生を指導するのはお手の物であった。


 グループ分けをして、担当として受け持った子供達と自己紹介を終わらせた修達は、博物館へと向かった。

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