第60話「対決!道場破り(4回目)」
修と
昨日、二人は富士山の裾野で怪物達と死闘を繰り広げてきたため、非常に腹を空かせている。そのため、修は自宅の鬼越家に寄ることなく、太刀花家に直行している。千祝の夕飯の支度を手伝い、夕飯を早く食べることが目的だ。
太刀花家の玄関をくぐった二人を、千祝の弟である
「姉ちゃん! 修兄ちゃん! また、あの道場破りが来て、道場に居座ってるんだ! 八重姉ちゃんが相手するって一緒にいるけど、危ないから早くいってくれよ!」
最近、恒例行事となってきた道場破りの到来である。
則真の言っている道場破りとは、青山某という剣術家で、以前三回ほど太刀花道場に挑戦してきているが、その全てにおいて敗れ病院送りとなっている。
全敗していると言っても弱い訳ではない。瞬間移動しているかのように見える「縮地」という技を使いこなす実力者で、二人の見立てでは修や千祝を上回る実力の持ち主のはずである。なお、この縮地という技は便利であるため、修や千祝は見様見真似で盗み取った。
では、そのような実力者が何故勝利に恵まれていないのかというと、刀対薙刀というリーチが不利な勝負を仕掛けられたり、道場の畳に仕掛けられた罠である釘を踏み抜いてしまったり、自信をもって繰り出した新必殺技を修達が予習して対策を練っていたりと、常に不運が付きまとっているからだ。
そして、今まで勝ってきたためか、修達はこの不遇な道場破りに対して悪感情を持っていない。自分たちを上回る強者であることに対する尊敬の念すら持っている。
更に、数週間前には青山の兄弟子にあたる武芸者である、鞍馬という男と死闘を演じた。鞍馬は罪のない人間を傷つけたり、人に害を成す怪物である
しかし、彼の悲しい過去に対する同情や、武の世界の先達に対する尊崇の念もあり、総合的には早く復帰してほしいと二人は心の底から思っている。
鞍馬の行動の動機には、五年前の外つ者との戦いで家族を失った恨みもあるが、数多くの武芸者の命が無為に失われたこともあり、武に生きる者の未来を心配していた。
ということは、鞍馬の同門である青山と対話し、彼が元気に(道場破りを)やっていることを離してやれば元気づけられることだろう。以前、戦いの最中に青山の事に触れた時は、狂気に囚われていたせいか道場破りの果てに死んだと思い込んでいるようであった。
是非、自分の同門が絶えていないことを知って元気に復帰して、自分たちの良き先輩となって欲しい。修と千祝は視線で会話をして、そのように結論付けた。
「よ~し。すぐに会いに行こうか」
「修兄ちゃん。制服のままで戦えるのかよ」
「いや、着替える必要はない。戦いに行くんじゃないからな」
修と千祝は買い物袋を玄関に置くと、制服のまま道場に急いで向かった。
「あら? 今頃来たんですか。もう、片付きましたよ」
道場に到着した二人を、修の従妹の八重が出迎えた。彼女は道着を着用しており、手には四尺の杖が握られている。八重はまだ中学生ながら、太刀花道場に通う警官や防衛官などの強者に混じって稽古出来る実力の持ち主だ。
八重の前には、道場破りの青山がうつ伏せの状態で地に伏していた。彼の周りには飼い猫のダイキチや、よく庭に遊びにくる野良フェレットや野良犬達が取り巻いていた。
「……えーと、八重ちゃんが倒したのかしら?」
目の前の状況を必死に分析して、千祝は八重に尋ねかけた。
八重は相当な実力の持ち主だが、修や千祝を超えるほどではない。よって、二人を超える剣技を誇る青山を屠るのは、本来困難なはずである。杖は変幻自在な技を繰り出せる有効な武器であるが、青山と八重の実力差を埋めるほどの効果はない。
「はい。私がやりました」
こともなげに八重は自供した。あまりにもあっさりとしているので、「殺りました」ではないかと一瞬心配した二人であったが、青山が呻き声を上げているのを確認したのでひとまず安心する。
「でも、どうやって?」
「ダイキチ達が協力してくれたから」
「猫達が……?」
これまた淡々と答える八重の発言内容に、二人は疑問を抱く。動物たちが協力したからといって、はたして武芸の達人に勝利することが出来るのだろうか。
二人は自分達の武芸に対する知識を掘り起こす。
そういえば、フルコンタクト空手のマス大山は、人と猫が戦うのなら日本刀を持って初めて対等と言えると言っていたらしい。ダイキチは結構なデブ猫であるが強そうな風格はある。
そして、フェレットはイタチ科の動物であるが、イタチ科は獰猛な肉食獣であり同じ体重なら他の動物に負けたりしないと聞いたことがある。例えば修は、イタチ科の動物であるオオカワウソが、ワニを捕食する動画を見たことがある。ならばフェレットも本気を出せば強いのだろう。見た目は実に可愛らしいのだが。
また、犬の戦闘力は言うまでもない。
確かに動物たちと連携すれば、道場破りがいかに強いとはいえ倒すことは不可能ではないのかもしれない。そしてよく聞けば青山は、「猫が……」とか「イタチが……」とかうわ言の様に呻いている。
「倒したのはいいけどさ、八重。あまり危険な事しちゃだめだぞ? 携帯電話で呼んでくれれば急いで戻ったんだからさ」
「そうよ。もうこんなことしちゃだめよ?」
「は~い」
八重は悪びれた風もなく返事をし、道場の外に出ていった。動物達も後に続く。昔から感情を表に出さない子である。
「ま、いっか。とりあえずタクシー呼んで病院に行こうか」
「そうね。今呼ぶから、修ちゃんは応急処置をお願いね」
二人は八重のやったことの後始末を開始した。修が介抱すると青山はすぐに意識を回復した。そして、すぐに到着したタクシーに乗るといつもの病院に走り去ってしまった。まだ元気はなさそうであったが、ひとりで行けると言い張ったので二人は同行しなかった。多分男の意地があるので、道場破り先の世話になりたくないのだろう。
「ふう。とりあえず片付いたから食事にしようぜ」
「そうね。あっ!」
「どうした? 千祝」
「青山さんに、鞍馬さんのこと話せなかったわね……」
「そうだな。まっいいだろ。どうせまた来るだろうし」
「そうね。今は夕飯に取り掛かりましょっか」
少しだけ、対話できなかったことを気に留めた二人であったが、食欲には勝てず頭から青山の事は消え去った。まともに話すことが出来るのは、まだ先の事になりそうであった。
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