第59話「クラスの皆には内緒だよ」
修と
折角の作成した課題が評価されないということは、悲しいことである。このような時、茶道は心の静謐を求めるのに持って来いである。
「さて、どのようにして、不可の評価を覆すか意見を求めたい」
「何か弱みとかは無いんですかね」
「素直に新しい課題を出されるのに従うって考え方は無いんだね」
どうやら、精神の安定を求めているのではなさそうだ。狭くて外界から隔離された茶室という空間で行う、という特性が茶道ではあるため、このような密談や陰謀の場になってきたという歴史もある。
中条は二人の話をあきれ顔で見ながら、薄茶で苦みが広がっている口に茶菓子を運んだ。
「でも正直、オピポーは無かったわね」
「それは俺も思ってる。縄文人の物語とか、完全に寝ぼけてた」
「それに比べて、私はあまり悪くないと思わない? 読み間違えただけよ」
「だよな。真面目なのは分かるけど、あんまり専門的なことで怒られてもな」
あまり反省していなさそうな二人は、謀議を進めていった。
今度、国から大金が支払われる予定であることから、それを使って付け届けをすること、流派の同門であることから、道場に招いて試合で何とかする方法など色々ろくでもないことを考えた。しかし、効果的な策は中々思い浮かばない。
「染谷先生は真面目そうで、真摯に歴史に取り組んでそうな感じがするから、こっちも真面目に取り組むべきじゃないかな?」
中条がもっともな事を述べる。
「でも、本腰を入れてもう一回課題をやろうにも、あまり興味が無い考古学の本は、もうそんなに読みたくないんだよな~」
修や千祝が作成したレポートは、本来なら大学の学部生がレポートとして提出してもおかしくない程度のレベルであった。それをもう一回やるなどごめんこうむりたいのだ。
「そうだ! 私たちにとって興味があるし、知識もある時代のレポートを提出することを提案したらどうかしら?」
「おっ、それいいな。武道の歴史とかのことだろ? 古文書はあまり読めないけど、師匠から色々聞いてるから、それをまとめればいけそうだな。どの時代やる? 平安から現代まで何でもいけるだろ? やっぱ定番の幕末とかかな?」
「多分、南北朝とかそういうマイナーな時代の武道がいいわね。ああいう専門家タイプは、戦国時代とか幕末とかミーハーな感じのはあまり好みそうにないもの。そうと決まれば職員室に行きましょ」
凄まじい偏見を言い放った二人は茶器を片付けると、職員室の染谷の元にいそいそと出発した。
「あら? 太刀花さん、鬼越君、どうしたのかしら? 私はこれから、なぎなた部の指導に行くから、要件なら早く済ませてくださいね」
教師たちは皆、部活の指導に行っているのか、職員室の中は閑散としている。
染谷の機嫌は直ってそうだと、修と千祝は顔を見合わせるだけで意思疎通した。これなら、話を上手く勧められそうだと二人は判断する。
「課題の再提出なんですが、課題の内容についてやりたいことがありまして……」
「そう? そちらから言って来るなんて積極的で、良い傾向ですね。言ってごらんなさい」
生徒が自主的に提案してきたことに気を良くしたのか、染谷は機嫌が良さそうである。
「はい。実は武道の歴史についてのレポートにしたいのです」
「そうです。お父様から聞いた太刀花流に伝わる口伝から、室町初期頃からの武道の流れについてまとめます」
「ふむ。そこまで古い時代から武道の歴史についてまとめた本は少ないですから、中々読み応えのあるものになりそうですね」
染谷も太刀花流の門弟で武道を身につけた者である。反応は上々であった。
「でも、元々の課題は先史時代のレポートですから、時代が離れすぎているのでは?」
「先生。正直、考古学の本をこれ以上読むのはきついっす」
「そうですよ。それに、武道の歴史でも、江戸時代とか幕末とか、ありふれた時代以外に挑戦している点を評価してほしいのですが」
口々に言い訳を言い立てる二人に、染谷は苦笑した。
「分かりました。良い時代に着目したということで、二人で一つのレポートをまとめるということで手を打ちましょう」
「ありがとうございます!」
「あざっす!」
染谷が提案を呑んでくれたことに、二人は口々に感謝を述べる。武道の口伝をまとめるだけなら、もう小難しい本を読む必要はない。
「いや~。着眼を評価してもらってありがたいです。やっぱり、歴史学の専門家としては、戦国時代とかの手垢のついた時代は、あまり興味がないですか?」
無事話がついて安心した修は、軽い口調で雑談を始めた。もう必要はないのだが、染谷の御機嫌取りが目的である。
「そうですね。別に悪いとは言いませんが、そういうミーハーな時代だけの上辺だけを知って、歴史好きを名乗るのはどうかと思いますね」
「なるほど! 歴女なんかとは違うと」
「それはもう。先生はちゃんと大学で専門的に勉強していますから」
千祝も連携してヨイショすることにより、染谷の機嫌はさらに良くなったようだ。二人の作戦は上手くいったと言ってよいだろう。
このまま、和やかな雰囲気で話が終了しそうな時、それは起こった。
染谷の事務机の上に置かれたスマートフォンの画面に通知が表示された。表示には、「部隊が遠征から帰還したようです!」と書かれている。これは、刀剣を題材に擬人化した美少年・美青年が活躍するゲームのものである。
「「……………………」」
修と千祝は気まずそうに押し黙る。
先ほどまで、染谷が歴史の専門家として硬派な勉学の徒であることを賞賛していたが、これはそれを覆すものであった。
「鬼越君、太刀花さん? 何か言ったらどうですか?」
「え~……」
修は返答に詰まる。
「良いですか? どんなに専門的で、一般人には理解できないような研究をしている学者も、最初はミーハーなんです!」
「そ、そうなんですか?」
急に開き直ったような大声を出す染谷に、二人は圧倒される。
「そうです。歴史学者は最初は新選組や戦国時代が大好きですし、ロボット工学の専門家は、アトムやガンダムを作りたいんです!」
染谷は勢いよく極論を言い放った。実際のところ、漫画やゲームから興味を持って専門的な道に進む学究の徒は多いため、間違っているわけではない。
「じゃ、じゃあクラスの皆に言っても問題ありませんね?」
「クラスの皆には内緒だよっ」
自らの年も顧みず、染谷は可愛らしいセリフで口止めを図ってきた。修や千祝も知っているアニメのセリフであり、やはり彼女にはミーハーな面があるようだ。
結局、レポートを書くのではなく、休日に染谷の手伝いをするということで手が打たれた。レポートを書く手間が省け、手間賃も払われると言うので、二人にしてみれば満足のいく交渉結果であった。
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