第63話「名刀」

 修達見学一行は、特別展の見学が終わった後、常設展の展示も見ることにした。常設展は、本館でやっているため、少し移動することになったが、その前に一旦休憩を兼ねて人数等の異常の有無を確認することになった。

 

 結果として引率の小学生たちは全員そろっており、問題はなかった。小学生たちは皆、聞き分けのよい子であったが、特別展の凄まじい人込みの中で、染谷一人で無事引率するのは困難だったかもしれない。


 修達学生を引率者として任命したのは正解だったと言えよう。


 休憩を終えた修達は、常設展に向かった。組み分けは変更しないため、修の組は曽我、本田、木下、多古の4人である。


 

 本館の常設展は、日本の美術、工芸、歴史資料が展示されており、縄文・弥生・古墳時代、仏教、宮廷、武家の美術等、様々なテーマに沿っている。


 特別展の考古学関係の展示は、修の専門外であったため、小学生にも知識で後塵を拝した修だったが、茶道や武道を通じてこちらの方面の知識は中々のものだ。


「はい、みんな、あの茶碗に注目。あれは馬蝗絆ばこうはんという青磁の茶碗で、名前の由来は見た通りひび割れを直すために、かすがいで止めているのがまるでいなごの様であるからだけど、なんでそういうある意味不格好な修理をしたのでしょうか?」


「え、えーと。何ででしょう? 他の修理法がなかったから?」


「大体正解。当時の所有者である八代将軍足利義政は、中国に壊れたこの茶碗の代わりを求めたけど、これより優れた茶碗はもう作れないということで、こういう修理をして送り返してきたということだ。ある意味価値が上がったと言えるな。ちなみに重要文化財に指定されているぞ」


 修の問いに木下が答えると、それに対して怒涛の勢いで修は補足説明をしていく。茶道具関係は修の得意分野のため、馬蝗絆以外の茶道具に関しても、詳細な解説をしていく。


「何かあのお兄さん、急に饒舌になってない?」


「いるよね。得意分野だけよく話す人」


 小学生達がひそひそ話しており、修にも聞こえているが、そのことは無視することにした。大体、小学生達だって得意の考古学関係の展示では饒舌だったのだから、人の事を言えた義理ではない。


 茶の湯をテーマにした展示室を後にし、書画、歌舞伎等の美をテーマにした展示室を抜けていくと、刀剣をテーマにした展示室にたどり着いた。


「これは……凄い」


 展示室に陳列されている刀剣は、修の想像を超える名刀が並んでいた。


 何せ天下五剣と呼ばれている名刀の内、「童子切安綱」、「三日月宗近」の二振りが揃っているし、その他の刀も、「石田正宗」、「大般若長光」など、名刀として名高い逸品が勢ぞろいしている。


 特別展として名刀を集めたのならともかく、常時これだけの名刀が揃っているのは尋常な事ではない。


 なお、刀剣の展示は男性向けとのイメージがあるが、女性もかなり興味深げに見学している。


「はいはい。坊ちゃん嬢ちゃん注目注目~。こちらの太刀は安綱という銘の太刀だけど、童子切安綱と呼ばれています。さて、童子切の童子とはいったい何のことでしょうか?」


「何かの妖怪の類ですか?」


「お? 曽我君、いい線ついてるね。童子とは、酒吞童子という鬼のことで、平安時代に都を荒らしていたこのものを源頼光が成敗したという逸話から童子切安綱と呼ばれているんですね~」


「外つ者?」


「ん? あ~妖怪ね。妖怪」


 テンションが上がりすぎて、うっかり外つ者の名前を出してしまった。外つ者の存在は一般には秘密になっている。まさかバレはしないだろうが、この名前を出すことはあまり褒められたことではない。


「更にやばくなってない? あの人」


「まあいいんじゃない? 詳しいってことは勉強になるってことだし」


 小学生達は更に引いているようだ。このひそひそ話も修に聞こえていたが、一応素直に聞く気があるようなので、修は気にしないことにした。


「いや~。こんな名刀を振るってみたいものだな~」


「無理でしょ? この童子切安綱って、国宝って書いてありますし、他の刀も重要文化財とかばっかりですよ?」


 修の独り言に、多古がすかさず突っ込みをいれる。確かに、これだけ貴重な文化財でもある刀剣を振るうなど、普通はありえないだろう。


「ふっ。実はお兄さんは、もっと古い時代の刀剣で、国宝に指定されている物を振るったことがあるんだ。まあ、これはオフレコということで頼む」


 名刀に囲まれて、テンションが上がっているせいか、つい自慢話をしてしまった。実際、刀を振るうどころか、国宝である布津御霊剣ふつのみたまのつるぎで怪物をぶった切ったのだが、流石にそこまでは話すことは出来ない。


「ま、マジですか?」


「色々教えてくださいよ」


 修の物言いが真に迫っていたせいか、虚言とは受け止められなかったようだ。好奇心旺盛な小学生たちは色々と質問を投げかけてきた。どうやら彼らの心を掴むことに成功したようである。




 常設展の見学が終了した時、丁度お昼になっていたので、博物館の近くの公園で食事をすることにした。噴水のそばのベンチに座り、持参してきたお弁当を広げる。修の分は当然の様に幼馴染の千祝が用意してきた。


「やあ、鬼越君、太刀花さん。今日はどうもお疲れさま。手伝ってくれて助かりましたよ。もし、一人であの人込みを、これだけの子供たちを引率するのは、かなり骨が折れたでしょうから」


「いえいえ。彼らは結構聞き分けが良い子ばかりでしたから、先生なら一人でもなんとかなったとは思いますよ。負担軽減にはなったと思ってますが」


 弁当を食べていた修と千祝に、染谷が話しかけてきた。今日のイベントが上手くいったので、かなりの上機嫌だ。


「あと、上手く話しを盛り上げてくれたようで、本当によかったですよ。彼らは大学の子供向けイベントによく来るから、興味を持ってくれるのはいいんですが、それだけにその好奇心を満足させられるか心配だったのですが、上手くいって何よりです」


 小学生達への解説を良好に実施できたのは、修だけではない。修と同じ経験と知識を持っている千祝も、神社の娘である那須も、それに詳しいことを修は承知していないが、なぎなた部の舟生も上手く解説をこなしたらしい。


「ところで先生。単位の方は?」


「ええ、これなら問題ありません。レポートの再提出は無しで良いですよ」


「ありがとうございます!」


 修と千祝は礼を染谷に述べた。今日の目的は日本史の単位取得のためであり、それがなされなくては、いくら高評価でも意味がなかったのだ。


「そういえば先生。刀剣の展示室に、やけに女性が多かったのは何でなんですかね?」


 刀剣への女性の見学者が多かったのは、刀剣をモチーフにしたゲームの影響なのだが、そのゲームを隠れてやっている染谷にそのことを修は暗にほのめかした。


「え? 鬼越君はレポートも再提出したいんですか? よく聞こえなかったから、もう一回言ってください?」


 修の軽口に対して、染谷は容赦のない対応を提案してきた。


 そのため、修は話を切り上げて逃げ出し、引率してきた子供達の話の輪に加わることにした。


 流石にこれ以上修に対して課題を出すのは、大人気ないと感じたのか、染谷はもう追及はしてこなかった。


 


 昼食を終えた一行は、駅まではまとまって行き、その後は自由行動ということでそれぞれの家路についた。


 帰り道を千祝と話しながら歩く間にも、博物館で見た数々の名刀の輝きが、修の脳裏から消えることは無かった。

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