第56話「最終弾」

 防衛隊の特殊部隊員である中条は、榴弾砲による弾幕射撃を続ける特科部隊の横に立ち、ダイダラボッチの様子を観測していた。


 数キロ先からでも天を衝くような巨体ははっきりと見て取れる。次々と発射される榴弾によって確実に弱っていくのが確認できた。このまま行けば計画通り、眷属を失って孤立化した上に重傷を負ったダイダラボッチに修達が刀で止めを刺してくれるだろう。


 中条が安心して見ていると、ダイダラボッチが動きを見せた。身を屈めて地面をまさぐるとこちらに向かって大きく腕を振った。


 怪訝に思った中条は双眼鏡を覗く。双眼鏡の中には岩がこちらに飛来してくるのが映っている。ダイダラボッチが脅威の元凶である大砲を撃破するために遠距離攻撃を仕掛けてきたのだろう。


 隊員達が操る榴弾砲はFHエフエイチ70ナナマルといい、装甲が無いタイプのものだ。命中はもちろん近くに落ちただけで命に危険がある。


「おい! 奴が攻撃した! 岩が飛んでくるぞ! 逃げろ!」


 中条は射撃をする隊員達に警告を発するが、隊員達は耳を傾ける様子がない。いくら轟音で満ちているとはいえ誰も聞いていないとは思えない。


 岩が投擲されたのを確認してから数十秒たち、砲列の近傍に到達した。幸い少し離れた後方に命中したため、被害は出なかったが、岩は地面を大きく穿った。この段階に至っても、隊員は動じることなく射撃を継続している。


「こういう時はな、任務が最優先なんだよ」


 いつのまにかそばに来ていた中隊長が中条に言った。


「しかし、隊員の命が危ないのでは?」


「確かにそうだ。しかし、もしここで撃つのを止めてしまっては、前線の味方が危ない。そんな事態を招くことは砲兵として断じて出来ない。それに見てみたまえ」


 中隊長の指さすダイダラボッチの方を見る。


「射撃を継続したおかげで、奴はもう再度の攻撃が出来ないダメージを受けている。下手に逃げるよりも踏みとどまって反撃した方が活路が拓けるというものだ」


 中隊長の言う通りダイダラボッチは、さっきよりも弱っているようだ。体を低くして蹲っているがこれは岩を拾っているのではなく、立ち上がれないようだ。双眼鏡で拡大して確認する両膝付近がほとんど吹き飛んでいるのが見える。


 作戦通りというよりも、最早予想以上の成果を発揮している。中条は本来ものと戦う任務や能力を有していない隊員達の活躍に深く感謝し、敬意を抱いた。


 敵の攻撃に怯まず任務を継続するその雄姿からは、直前まで糞尿を漏らして発狂していたようには見えない。


「で、このまま勝てるのかね?」


「残念ながら相性というものがあり、榴弾だけでは最終的に勝利を収めることは出来ません」


「ではどうする?」


「見ていてください。前線には頼もしい仲間がいますから」




 ダイダラボッチが大砲の方向に向かって岩を投げた時、前線で戦う修達は負けを覚悟した。まだダイダラボッチに対するダメージが不十分であったため、これで射撃が止んでしまっては復活されてしまう。修と千祝の持つ刀は止めを刺す能力を備えているが、抵抗を弱めなくては近づくことすらできない。


 しかし、そんな懸念は杞憂であった。大岩の飛来にも怯むことなく砲弾は次々と発射されている。正確な射撃による砲弾の爆発は甚大な被害を与えている。ついにはダイダラボッチは四肢が千切れるほどの損害を受けて地に伏した。


「これなら刀、届くわね」


「流石に100メートルジャンプして顔まで攻撃できんからな」


「どうやって仕留める? 先達が倒した時は耳から入って脳を切り刻んだらしいけど」


「そうだな……」


 過去の武芸者が戦った時は200メートルサイズだったという。今回は100メートル程度で鼻穴は修達が入り込むには少々狭そうだ。


「口からはどうだろう」


「ちょっと前に蛇の怪物に飲み込まれたばかりだから、遠慮したいわね。あの時は丸呑みだったから助かったけど、よく噛んで食べられてたらちょっとね」


「確かに折角有利なのに死地に飛び込みたくないな」


 こうしている間にも砲弾の終わりが近づいている。それまでには結論を出して、復活されるまでの短い間に決着をつけねばならない。


「おい、見ろよ。砲撃を受けながら再生しようとしているぞ」


 いつの間にか近づいて来たマックイーンがダイダラボッチを指さしながら言った。ダイダラボッチは砲弾によって失った四肢がまた生えてきたり、千切れたところが繋がろうとしている。


 弾着が続いているために再生が追い付いていないが、終了したらすぐに元通りになることが容易に予想できる。


「大砲が止んだら、マックイーンさんの部下に奴の下半身を狙って撃たせてください。焼け石に水でしょうがやらないよりはましです」


「構わんがそれで大丈夫なのか? 他に何か……」


「最終弾弾着10秒前!」


 心配するマックイーンの声に、大塚の射撃終了の予告を伝える声が重なる。


「任せてください。千祝と二人なら必ず仕留められます」


「5、4、3、だんちゃーく、今」


 大塚の合図とともに、マックイーンは部下に射撃の号令を発し、修と千祝は行動を開始した。

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