第57話「再び日常へ」

 最後の砲弾が落下したとの合図と同時に修と千祝は駆け出した。もし、合図が間違っていたとしたら爆破により肉塊と化すかもしれないが、そんなことは全く考えない。味方を信じるのは戦いでは当然のことだからだ。


 迎え撃つダイダラボッチはその四肢を失っていたが、砲撃の終了により再生が始まっている。過去の戦いで矢を主体にダメージを与えた時はここまで復活するのは早くなかった。やはり、現代兵器では上級のものに対して決定的なダメージを負わせることは出来ないようだ。


 まだほとんど千切れて細い筋だけで繋がった状態の腕が、ダイダラボッチに迫る二人を潰さんと横殴りに振るわれる。当たれば当然のことながら人間などひとたまりもない。これはどんなに鍛錬を積んだ達人でも変わることがない現実だ。


 しかし、巨木のような腕が二人に到達することは無かった。後方で掩護射撃をしている海兵隊員たちが放ったロケットランチャーの集中砲火により再度吹き飛んだのだ。動く上に距離感の掴みにくい目標であったが全弾違わず命中しており、彼らは修達のように外つ者と近接戦闘をする能力がないものの、兵士としての練度の凄まじさを示している。


「ロケランは撃ち止めだ。次はないぞ!」


 海兵隊の小隊長であるマックイーンの助言が聞こえてきた。


 その間にもダイダラボッチが残ったもう片方の腕を再生して攻撃を繰り出す。今度は突き出すような動きであった。その掌は指が欠けているもののの大人2~3人をまとめて掴めるほどの幅があり、とっさに横に回避しようとしても普通なら出来る者ではない。


 ダイダラボッチの掌が二人に到達した瞬間、二人の姿が消滅した。傍から見ていた海兵隊員達の中には攻撃によって粉微塵になったと思った者もいる。しかし、小隊長であるマックイーンは二人の動きを不完全ではあるが捉えていた。


「安心しろ! 腕の上だ!」


 マックイーンが部下に示した通り、修達はダイダラボッチの腕の上を駆けていた。ダイダラボッチの攻撃が命中する直前に縮地で回避し、そのまま腕を駆けあがったのである。


 縮地は道場破りが使っていた奥義を見て盗んだものであり、以前の二人は彼と同様直線的な動きの縮地しかすることが出来なかった。この縮地の弱点は正面からリーチのある攻撃をされることである。しかし、ゴールデンウィークに戦った道場破りの兄弟子にあたる鞍馬という男は、曲線的かつ立体的な縮地を可能としていて銃を持った複数の警察の特殊部隊員を圧倒した。この男と相対した経験により二人の縮地は進化を遂げたのだ。


 叩き潰そうとした2匹の蟻が、息絶えることなく自分の腕を這っていると気が付いたダイダラボッチは、腕をゆすって振り落とそうと試みた。今度も二人の姿が掻き消える。が、二人は地面に叩き落されたのではなく、ダイダラボッチの鼻の穴に出現した。


 今度は縮地による超スピードと、それに合わせた跳躍によって間合いを一挙に詰めたのだった。


「ちょうどいい大きさの穴があって良かったわね。口には入りたくなかったし、こいつは鼻をほじる指が無いからひとまず安心ね」


「だな。とは言えすぐに指が再生するだろうし、それを突っ込まれたら確実に潰れてしまうからすぐに勝負を決めるぞ。また後で会おう」


 右の鼻の穴に入った千祝と左の穴に入った修は、それぞれの鼻の奥に向かって突き進んだ。


 外から見ているマックイーン達には修達がどうなったのか見ることが出来ない。応援したいところだが、彼らの力量では近寄ることすら不可能であるため、見守るしかなった。


 しばらくするとダイダラボッチはその身を細かく振るわせ始めた。更には鼻や口から血が流れだしてきた。また、ついさっきまでは急速に進んでいた体の再生が止まっており、ダイダラボッチの中で重大な事態が起きているのが見て取れた。


 そして、


「小隊長! 見てください! 目が開きました!」


「分かってる! 最後まで警戒を緩めるな!」


 マックイーンは部下に注意を与えるが、すでに勝利を確信していた。


 目が開いたとは言うが、別にまぶたが開いたという訳ではない。瞳孔が開いたという訳でもない。文字通り、両目が真っ向唐竹割に分割されたのだ。そして、その奥から鼻の奥に消えていった二人が姿を見せた。ダイダラボッチの血で汚れているが無事な様子である。


 二人の姿を確認した海兵隊員達は歓声を上げた。流石にマックイーンも部下をたしなめることはない。勝利を得たのだと誰もが確信した。


「「「USA! USA!」」」


 喜びのあまり、母国を称える声を上げる海兵隊員であるが、日本人で防衛隊員である大塚は少し冷めた目で彼らを見ていた。


「マックイーン中尉、流石に少し違うのでは? いや、世話になったのは確かなんですが……」


「大塚2尉、すまん。うちの奴らはこういうノリなんだ。あいつらも第一の手柄はあの二人だってことはわかってるさ」


「そうで……あ、消えた……」


「落ちた……」


 日米の隊員が雑談をしているとその途中で、ダイダラボッチの姿が消滅した。外つ者は死ぬとその姿が霧の様に消えてしまうという特徴があり、ついさっき砲弾で大量に撃滅された下級の外つ者の死体も転がっていない。上級のダイダラボッチも例外ではないのだ。


 そして、ダイダラボッチの体が消滅するとどうなるのかというと、その体に乗っていた修達は空中に投げ出されてしまうということだ。その高さは団地の3階か4階くらいであるため、下が土とはいえ命を失う可能性は十分ある。


 マックイーンは部下を引き連れてすぐに落下地点に向かった。部下の中には衛生兵も含まれているため応急的な処置をすることが出来る。


「あ、マックイーンさん、大塚さん、お疲れさまでした。それに海兵隊の皆さんも、おかげで勝つことが出来ました」


 マックイーン達が目にしたのは、五体無事で大地にしっかりと立っている二人の姿であった。精神的にも問題ないらしく、落ち着いた様子で感謝の言葉を述べて来る。


「大丈夫なのか? かなり高い所から落下したようだが?」


「問題ありません。あの位なら受け身をとれば怪我しませんよ。そちらの部隊でも同じような訓練はするのでは?」


 軍隊で使用されているパラシュートは、滞空時間を減らすために落下速度が速い。そのため、着地の際の衝撃は2階から落下するのと同等だと言われている。風速によってこの衝撃はさらに増加するためパラシュート部隊の隊員等はこれに耐えられるような受け身を習得している。


 修の言う通り、身につけた受け身の技能を最大限発揮すれば、隊員、例えばマックイーンとて怪我を避けることが可能である。ただし、それは抜かりなく不意打ちに近い落下に対応できた場合である。


「あ、でも忠告しておきますが、最後まで気を抜いちゃだめですよ。外つ者は死んだ時に姿を消すってことは、姿が残っているのはまだ生きている証拠です。死に体に見えても何をしてくるのか分からないんですから、ハリウッド映画のラストみたいに喜んでいる場合じゃありませんよ。残心ですよ。残心」


 千祝は武道的な観点からダメ出しをした。マックイーン達が勝利を確信して気を抜いている間にも、二人は警戒を緩めていなかったために不意の落下に対処できたのだ。いや、不意ですらなかったのかもしれない。


「ん? ちょっと待ってくれ。電話が入った。はい、はい、了解、伝えておきます」


 マックイーンの携帯電話に着信があり、修達との会話を中断して通話をはじめた。外つ者の影響による異界化した場所では電波が通じないため、携帯電話が使用可能ということは勝利したことの証拠である。


「ペリー少佐から連絡があった。彼にはダイダラボッチを封印していた場所に行ってもらっていたんだが、封印されていた祠に奴の魂が戻ったらしく再封印したそうだ」


「そうですか。完全に消滅できなかったのは残念ですが、仕方ないですね」


「そうだな。はるか昔から数多くの戦士が復活するたびに戦っていたんだろ? 彼らだって消滅させたかっただろうに出来なかったんだ。我々が今いきなり消滅させようとしても無理ってもんだろう」


「出来るのは先人の意思を受け継ぐってことですね」


「そうだな。後、封印した祠は更に厳重な警備をつけてるそうだ」


「解放したのは何者だったんでしょうね?」


 この事件の原因はまだ明らかになっていないため疑念は残るし、また復活しないとも限らない。しかし、退治したばかりなので、復活するだけの力を蓄えるには時間を要するだろう。今回だって復活までのスパンが短かったせいで本来の力を発揮できなかったのだ。


「で、どうだ? 今日の晩飯一緒に食ってかないか? 御馳走するぜ? アルコールは飲ませられないけどよ」


 急に話が変わってマックイーンが祝勝会に誘ってきた。一応未成年に対する配慮はあるようだ。


「いえ、週明けに提出する学校の宿題が残っているんで、折角ですが遠慮します」


「そうか。残念だが学生は学問が本分だから仕方ないな。また会おう。そん時にでも奢ってやるよ」


「そうですね。また会う機会があるんでしょうね」


 外つ者の活動は活発化しているらしい。故に修達とマックイーンの会う機会はまだまだあるということだ。共に戦った戦友と会えるのはうれしいが、戦いが待っているというのは残念なことだ。


「会う機会があまりなければ、と思っていますよ」


「俺もだ」


 勝利の喜び、戦友を得た喜びを噛みしめながらも、この先待つ戦いの予感に少し気が重くなった。しかし、ひとまずは日常に戻っていけることが一番の成果であると思い直し、修と千祝は砲弾による火薬の匂いがまだ残る演習場を後にした。

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