第53話「作戦発動せず」

 ものを引きつけながら、午前中に修とマックイーンが決闘の場として設定していた地点に到達した。流石に車より速く走る外つ者の眷属はいなかったため、追いつかれることなく到着した。


 修と千祝は荷台から降りて刀を抜き、追いついてきた外つ者達と交戦する構えを見せた。


 車を運転していた大久保は運転席から降りて、コンクリート製の観測所に入った。逃げたのではない。備え付けられている電話に向かったのだ。大久保は警官であるため防衛隊用の通信機には疎いが、午前中の射撃の際に横で見ていたので何となく使い方に察しがつく。


 大久保が電話に取りついている時、外つ者達が追いついてきた。外つ者達は速度をそろえることなく各々のスピードで追いかけてきたため、連携は取れずバラバラに到着してきた。


「チャンスね」


「そうだな」


 二人はその場に待ち受けることなく迎え撃ちに走る。敵の連携が取れていない今は、敵の戦力を減殺出来るチャンスである。待っていては後続の外つ者達が集まってきて取り囲まれてしまうかもしれない。外つ者の行動には統制が取れていないが、数を集められてしまうのは脅威である。


 まだ連携の取れていない外つ者の眷属達は、ひとたまりもなく敗れ去る。最下級のソルジャー級は一人で、上級のナイト級は二人で連携して屠っていく。ダイダラボッチの眷属は、以前退治したヤトノカミの眷属の様に鱗や尻尾を持っていないため、普段の稽古の延長として実力を発揮しやすい。


「第1派を撃退ってとこかな?」


「そうね、一応辺りに他の外つ者は見えないわね」


 追跡してきた外つ者達を全て撃退した修達は、一息つきながら辺りを見回した。周囲に外つ者の姿は見当たらない。


「さっきまで戦ってたのが嘘のようだな。静かなもんだ。このまま何も現れずダイダラボッチも幻でしたってことにならないかな」

 

 外つ者は止めを刺されると、その死体は霧の様に消えてしまう。このことが起きていることの非現実性とも相まって、夢のような不思議な感覚を生じさせている。


「今のはフラグかしらね?」


「俺はわるくねぇぞ」


 まるで修の発言をきっかけにしたように、遠くから巨大な人影が近づいて来た。地面の穴から抜け出してたダイダラボッチであることは容易に察することが出来た。もちろん、修の軽口のせいなどではない。


「弓、ほしいよね」


「五年前に撃退した時は、千本位打ち込んだって言ってたわね。あの時よりも小さいらしいけど、二人だけじゃ手が足りなさそうね」


「機関銃なら一瞬で千や二千発を打ち込めるらしいけど、すぐ治っちゃうからな」


「そうね。銃じゃダメージが蓄積しないわね」


「そう。銃だとな」


 修と千祝はお互い目を合わせると軽く笑った。ダイダラボッチという巨人に対しても、恐れを抱いておらず、勝利を信じている証拠である。


「お二人さん。いいかな?」


 見つめ合う二人に外野から声が掛けられた。声の主は中条の知り合いの防衛官である大塚であった。大久保も近くに控えている。


「大塚さん。なんでこんなところにいるんですか?」


「中条の奴に頼まれたんだよ。現地でサポートしてくれってさ。しっかし、さっき話には聞いたけど本当にあんなバケモンがいるんだな」


 大塚は中条とは違い特殊部隊所属ではないが、外つ者退治に協力してくれるようだ。常人では外つ者を見た瞬間に正気を保てなくなるらしいので、冷静な態度を崩さない大塚は珍しいと言える。


 もっとも、修達が外つ者と対峙する時には、周囲に特別な訓練を受けた人間しかいないため、本当に発狂した者など見たことがないのだが。


「いいか? この方向に木製の杭が立っているのが見えるだろ? それとこの方向のカメの甲羅みたいな岩を結んだ線から向こうが危険で、こっち側が安全だからな。それを気を付けてくれ。じゃあ俺は電話のところに戻るから、そっちのお巡りさんが外に残って合図してくれ。合図は右手を頭上でぐるぐる回すことにしよう。じゃあ、健闘を祈る」


 大塚はあくまで軽い調子で必要事項を伝えると、コンクリート製の建物の位置まで戻っていった。大久保も建物の中にいる大塚から見える位置にいなければならないため移動する。


 取り残された二人はダイダラボッチの方を見ながら待ち構える。


 段々と足音が大きくなってくる。余りにも対象が大きいために距離感が狂ってくるし、緊張感のためか時間間隔がおかしくなり、永遠にも刹那のことにも感じられる。特撮物で怪獣と戦う防衛隊の隊員たちもこんな感覚なのだろうかと、場違いなことまで考えてしまった。


 ダイダラボッチは木々を押し倒しながら、修達の方向に向かって来る。まるで、自らの眷属を残忍に屠った修達に対する復讐をするための様だ。そして、ついに直接相対する時が訪れ、ダイダラボッチは森を抜けて現れた。午前中にダイダラボッチと同じルートで森を突き進んだばかりの修は、森の中に仕掛けられた罠に引っかかったりしなかったのか、などと場違いな事を思った。


 全身を現したダイダラボッチは、その周囲に眷属を引き連れている。この眷属達は先ほど撃破したばかりの連携を取らず各個撃破された者達とは違い、整列こそしていないものの明らかに統制が取れている様子だ。


 これは彼らの上位種であるダイダラボッチの統率によるものであると思われた。人間とはかけ離れた異形の姿であるが、彼らには彼らの知性があるのだろう。


 ダイダラボッチが腕を振るうと、部下の眷属達がゆっくりと進軍してくる。速度はないが統制が取れており、各個撃破するための隙が見当たらない。ダイダラボッチ本人は後方に控えている。


「よーし。まだ……まだ……まだだ……今だ!」


 修は、外つ者達との距離を冷静に計っていた。そして、大塚に教えられた場所に外つ者達が差し掛かったところで声を上げ手を振り、大久保に合図を送った。


 修からの合図を受けた大久保は、打ち合わせ通り大塚に向かって手を大きく振った。そして、大久保の合図を分厚い強化ガラス越しに確認した大塚は、電話の向こうに向かって伝達する。


「弾幕発動! 目標、計画通り!」


 これが、修の考えた作戦であった。


 下級の外つ者に対しては、銃火器は止めを刺すことが出来る。ということは、大軍をもって押し寄せるような今回の状況においては、面で制圧する大砲はうってつけだ。


 そして、上級の外つ者であるダイダラボッチに対しては、止めこそ刺すことは出来ないが、一定の効果を一時的に期待できる。何しろ、洞窟の外における戦いで、血を流すことに成功した機関銃は12.7ミリなのに対し、これから発射する大砲は155ミリであり、10倍以上なのだ。


 大砲を一気に叩きこむことによって、護衛の眷属達を全滅させ、大将格であるダイダラボッチの態勢を崩した瞬間、外つ者に対して致命的なダメージを与えることが出来る刀で止めを刺す。


 このためにここまで誘い込んだのだ。


 外つ者の纏う邪悪な気により異界化した場所では電波は通常通り通じないが、電話線が引いてあれば通じることが過去の戦いで明らかになっている。そして、今ダイダラボッチ達がいるのは午前中に修達が砲弾の洗礼を浴びた地域であり、この地域に大砲を撃ちこむための計算は終了している。


 まさにこの地はダイダラボッチ達を葬るのにうってつけの場所なのだ。


 加えて言えば、大砲が設置されている地域は、外つ者の異界化の範囲には届かないため、特別な訓練を受けていない隊員も十分その力を発揮できる。異界化した地域では人間の感覚が狂うが、空間が伸び縮みしているわけではないため、外から打ち込まれた砲弾も問題なく計算通りの場所に落ちる。砲弾に意思はないから迷子になることはない。


 ここまで必勝を期して準備した作戦であったが、ここで問題が起きた。


「何故こない?」


 合図をしたのにも関わらず、弾が飛んでくることは無かった。余りにも距離があるため、発射してから届くまで場合によっては数十秒かかることは聞いている。しかし、これはそんなものでは済まされない。


「仕方ない。連携して対処するぞ。囲まれないようにかばいながらやるぞ」


「そうね。きっと、中条さんが大砲を何とかしてくれるから、それを信じて今は耐えましょう」


 修と千祝は悠々と迫る外つ者に対して、直接対処することを覚悟した。




 外で修達が命を懸ける覚悟を決めた時、観測所の大塚も異変に気が付いていた。


「どうしたんですか、大塚さん。発射はまだですか?」


 大久保が建物の中に駆けこんで来る。


「今確認中だ。おい! どうした発射だ発射! いいから撃てよ!」


 大塚が電話の向こうに話しかけても返答がない。


「大塚さん。少し黙ってください。何か聞こえませんか?」


 電話はスピーカに繋がっているため、電話の相手である指揮所からの音も受話器を持っていない大久保が聞くことが出来る。


 そのスピーカーからは、人の声がかすかに聞こえていた。声の大きさからして、向こうの受話器を持っている人間の声ではなく指揮所やその近くにいる隊員の声だろう。


 耳を澄ましてその内容を判別しようとしたが、何を言っているのか全く聞き取ることが出来ない。


「いや、これは意味のあることを言っていないんだ。多分向こうの隊員は正気を保っていない」


 異界化の影響により精神状態がまともではない。大久保がそう判断した。


 電話の向こうの隊員たちがいるのは、通常の外つ者による異界化の範囲からは外れるはずだ。しかし、ダイダラボッチは規格外の外つ者である。異界化の範囲が常識よりも広かったとしてもおかしくはない。


「そうだな。この電話は、話す時にスイッチを押して使うんだが、今はあっちの声が聞こえっぱなしだ。多分、あっちで受話器を持っている奴はスイッチ押したまま気絶してるんじゃないか」


「何とかなりませんか? このままでは二人が危険です」


「あっちにいる正気のはずの中条が何とかしてくれればいいんだが、あいつFHエフエッチの発射の仕方なんて知らないだろうからな。よし、今から俺が行ってなんとかしてくる。あんたはそれまでなんとか持ちこたえるか、離脱する時はこの電話で連絡してくれ」


 大塚はそう言うと、観測所の外に飛び出していった。

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