第50話「事故調査」
砲弾が降り注ぐ中、危険な外にいた修とマックイーンは、並んで千祝達の籠っていたコンクリート製の建物に向かって歩いてきた。決闘をするためにこの場所に来たとは思えないほど仲が良さそうだ。
「同じ釜の飯を食った仲」という言葉があるが、榴弾の爆風で吹き飛ばされた土埃を二人は共に食った仲である。そして、同じ死線を潜り抜けた経験が二人の関係を良好なものにしているのだろう。死線を潜り抜ける羽目になったのは、半分自業自得なのだが。
「大丈夫? ケガしてない?」
「問題ない。無事だよ」
心配そうな千祝に対して、修は淡々と答えた。もし、修に怪我があったら大塚やマックイーンはただで済まなかっただろう。
「大塚。流石にやばかったぞ。日本の砲兵の射撃精度は凄いと聞いていたけど、なんでこんな見当はずれの場所に撃ってきたんだ?」
「すまんまだわからん。これから部隊の方に戻って何が起きたのか確認してくるつもりだ」
現代における大砲による射撃は、撃つ時の角度などはコンピューターにより算出されているし、大砲を準備するときは計算した数字通りになっていることを確認しながら砲弾を発射する。つまり、いきなり違いすぎる地域に弾が飛んでくるなどあり得ない。
今回の事例ではまかり間違うと、今日本で活動できる対
特に五年前の外つ者の活動期では、当時の武芸者達が劣勢になる中、これを救援するべき政府上層部の一部が様々な思惑によりこれを見捨てる判断をしている。今回も類似の案件であってもおかしくはない。
「俺もついていくぞ。それに鬼越達もだろ?」
「ええ。俺も行きますよ。マックイーンさん」
今回の誤射の原因が気になったマックイーンは、部隊に状況を確認しに行く大塚に同行することを申し出た。そして、もう気安くなったのか修も誘い、修もそれに応じる。
「本当にいつの間にか仲良くなっていますね」
「そんなもんだろ、中条。俺達だって最初は仲が悪かったじゃんか」
「ほう。お二人は仲が良さそうに見えますが?」
大久保が中条と大塚の防衛官コンビの発言に対して疑問をぶつける。中条は基本的に警察という別組織の人間である大久保や、年少であっても有力な協力者である修や千祝に対しては丁寧な言葉を使う。しかし、大塚に対しては完全に砕けた物言いをする。大久保にとって中条のこのような言葉遣いを耳にするのは、初めての事であり、それだけこの二人の仲が良いのだと思っていたので、昔は険悪であったというのが意外だったのだ。
「ええ。最初にお互いを認識した時、最悪の印象でしたよ」
「そうだったな。候補生の時の訓練で、地図を見ながら地域の特性について説明するっていうのがあったんですが、その地図っていうのが群馬県だったんで群馬の前橋出身の俺は張り切って説明したんですよ。お巡りさん」
「そう。それで大塚が「市街地について述べます」って言った時に、自分がうっかり「群馬に市街地なんかないだろ」って思わず言っちゃったんですよ」
「それで、他の群馬出身の奴も含めて殴り合いになって、教官に絞られて、気付いたら仲良くなってたんですよ。まあ下らん話ですね」
本当に下らない話であったが、大久保としてはそんなことは口に出来ないので、事故原因の調査に出発することを提案し、この場にいた全員がそれに同意して前進した。
大塚の先導で大砲をそなえ付けている陣地に到着した一行は、高校生の修と千祝、警官の大久保を車両に残して部隊の本部のあるテントに向かった。
「中隊長。さっきのはどうしたんですか。普通じゃないですよ」
「おお。大塚二尉か。すまんな、とりあえずあれを見てくれ」
開口一番、中隊長に文句を言う大塚に対して、中隊長がテントの外を指し示した。そこでは、なぜか数人の隊員が腕立て伏せをしていた。
「実は、修正射の時に装薬の数を間違えてたらしくてな。それで効力射の時に射程が短くなって弾着地の外に撃ってしまったらしい」
大砲で狙いをつける時、狙った距離に砲弾を飛ばすためには、大砲の角度を変えること以外に、弾を飛ばす火薬の量を変える方法がある。今回はそれを間違えてしまったということだ。
「それで、あいつらが罰で腕立てですか?」
「馬鹿言っちゃいかん。防衛隊に体罰などない。あれは体力練成だよ」
「ああそうですか。しっかし基準砲が装薬を間違えるのは、ハラキリものだから、まあちょっとはね……。それに、あそこの班長も照準手も少し抜けてるところがあるから、安全係がしっかり見るべきともいえますしね。愚直に任務遂行しようとするのはいいところなんですけどね」
「そうだな。ちなみに、その安全係も「体力練成」してるぞ。何か知らんが急に体を動かしたくなったらしい」
一番「体力練成」をしなければならないのは、この場の責任者である中隊長ではないか、と大塚や同行していた中条達は思ったが、もちろん口に出すことは無かった。
「まあ。大丈夫だったろ? コンクリートで覆われた安全なところにいたんだから」
「……そうですね」
まさか、安全な建物の外に出て決闘していたら砲弾が降ってきたなどとは口が裂けても言えない。
大塚が振り向き中条とマックイーンの方を見て目配せをする。それで中条とマックイーンは今回の事は純然たる不慮の事故であり、日本の外つ者に対する対処能力を低下させるための謀略などではないと察した。
事故の原因を確かめた中条たちは、修達の待つ車両に戻ってきて、問題はあったが、特に気にするべき問題ではないと伝えた。大塚は部隊に残ったためついてきていない。
「それじゃ、もう帰りましょうか。外つ者は退治した。決闘も終わった。少し問題があったけどそれも解決した。もうここにいる必要はないでしょう」
「ちょっと待てよ、修。丁度昼頃だから、飯くらい食ってけよ。馬刺しなんかいいぞ。馬刺し」
要件が終わって帰るつもりだった修であったが、マックイーンに引き留められた。学校の宿題があるから早めに帰れるものなら帰っておきたかったが、昼食をとるくらいなら大して違いはないだろう。米軍基地に戻って食事をしようと相談している時、中条が何かに気が付いた表情になり、皆何事かと不安になった。
「すみません。1回朝の洞窟によっていいですか? 要件を思い出しまして」
「何ですか、中条さん。再封印に問題があったとかそういう事ですか?」
折角外つ者の眷属を退治して封印を強化したのに、それが上手くいかなかったでは今日演習場に来た意味がない。
「いえ、拳銃の空薬莢を拾って来るのをわすれてまして、回収しないとまずいんですよ」
「はぁ? 実戦で撃ったんだろ? 何で薬莢なんか回収する必要があるんだ?」
米海兵隊員であるマックイーンには、空薬莢を回収する必要性が全く感じられないらしく、疑問を呈した。
「そこらへんは、日本特有の事情がありましてね。そのうち規則改正が予定されていて、それで改善されるんですが……」
中条の所属している部隊が、アメリカで最終訓練をしているのもこの辺の事情が絡んでいる。銃器と武芸を最大限融合させるという特殊作戦隊の作戦思想を実現させるためには、銃器を自由に使用できる環境が必要なのだが、日本ではそれは不可能だったのだ。
「しょうがねえなあ。じゃあ洞窟の入り口を警備している、うちの奴らに連絡して投光器を準備させっから、早めに済ませてくれよ」
マックイーンは洞窟を警備中の部下に対して指示をすべく、スマートホンを取り出して電話をかけた。
しかし、いつまでたっても電話に出てこない。というより圏外か電源が入っていないようだ。マックイーンは他の部下に電話をかけてみるが誰も電話にでない。
「おかしいな。いつでも電話に出れるように、基本的に電源を入れておけって言ってあるんだが」
「圏外というのは妙ですね。携帯電話普及当初は演習場の中は圏外になる場合が多かったらしいですが、今時そんなことは聞きませんよ」
「中条さん。これは奴らのせいでは?」
奴らとは当然、外つ者のことだ。外つ者が活動するとき発する邪気は、その周囲を異界化とか結界とか呼ばれる空間を作り出し、電波等を遮断してしまう。
嫌な予感にかられた修達は、外つ者が封印されているはずの洞窟を再度訪れることにした。
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