第49話「超過射撃(超過するとは言っていない)」

 米海兵隊員のマックイーンとの決闘のため、防衛隊の演習場の森を進み、約束の場所に到達した修を待ち受けていたのは轟音と地響きであった。


 修は慌てふためいて即座にその場に伏せる。何が起きているのかは全く分からないものの、当座の安全を確保するためにはそうするべきだと咄嗟に判断したためだ。しばらく静かだったものの数十秒ほどたつとまた轟音が鳴り響く。更に地面に伏せているためか、振動を全身で受け止めてしまうため恐怖感は相当なものだ。


 どのように行動するべきか判断がつかないため伏せを継続していた修は、音に関してあることに気が付いた。音が響く時、最初は遠くで比較的小さな音が鳴り、それから少し経つと近くで大規模な爆音と衝撃が発生するのだ。しかも、段々と近づいて来ている。しばらくしてからやっと修にはこの音の正体が分かった。


 この音の正体は大砲なのだ。よくよく考えてみればここは防衛隊の演習場であり、その近くにはマックイーンの所属している海兵隊の基地もある。おそらくマックイーンは大砲を利用するため、この場所を指定してきたのだろうと修は判断した。


 どのように対処すればよいのかは思いつかなかったが、とりあえず安全を確保しなければならないと判断した修は、地に伏したままゆっくりと辺りを見渡すと、多少は安全そうな窪地を発見したのでそちらに向かって這っていく。まだ大砲が落ちているのは修にダメージを与えるような場所ではないし、本気でマックイーンが修を爆殺しようとしているとは思えなかったが、警戒するのに越したことはない。


 もう少しで窪地にたどり着こうという時、数十メートルの近い場所で大砲の弾がさく裂し、衝撃が修を襲った。






 マックイーンは修との決闘のため、決闘の場所として指定した東富士演習場の弾着地の近くに潜んでいた。この辺りは森に隣接しているが、草木に乏しいため草を体に装着して偽装する意味合いに乏しいため、窪地に身を隠し、小型の監視用のカメラだけを外に隠して修を待つ。


 修に対してあれこれ挑発するようなことを言ってはいたが、以前見たデータで修の強さは良く分かっている。まだ15歳ながら幼少からありとあらゆるマーシャルアーツを練習し、対もののエキスパートとして相応しい技術を習得している。そして、強力な聖遺物を使ったとは聞いているがジェネラル級の外つ者を倒すなど尋常な実力ではない。マックイーン一人の実力ではナイト級がせいぜいといったところだ。更に付け加えて言うなら、修のヘビー級の格闘家に匹敵する鍛えられた巨躯と対峙するには、銃器を使わずにどうにかなるとは思えない。


 しかし、マックイーンにも勝利のための道筋を見出していた。いかに相手が強いとはいえ勝利をあきらめるなど、海兵隊員のすることではない。


 マックイーンはキャンプ富士で勤務しているが、その近くで勤務している防衛隊の友人がいる。その友人は大砲を扱う野戦特科の部隊に所属しているが、彼は今日この演習場で射撃訓練をする予定があると言っていたことを覚えていた。これを利用しようと思いついたのだ。


 バイクで修達から離れた後、防衛隊の友人に連絡を取り、協力を取り付けることに成功したのだ。どうせ弾着地の外に出るような射撃は規則上出来ないので、弾着地の隣接地で決闘されても問題はないだろうということだ。


 そして、約束の場所で待ち構えていると修が森から出て来るのが観測できたので、防衛隊の友人に連絡をして離れたところにある防衛隊の榴弾砲を発射してもらったというわけだ。


 榴弾が弾着地に弾着を始めると修は警戒して地に伏せたが、その動きは新兵達に見本として見せたいくらい素早いものであり、マックイーンはいたく感心した。軍人としての訓練を受けていない高校生が、とっさの判断で正解といえる行動をとっているのは賞賛に値する。 


 さて、榴弾砲を近くでさく裂させるように修を誘導したマックイーンであったが、実のところこれをもって修を爆殺しようなどとは夢にも思っていない。民間人を理由もなく殺すなど軍人にはあるまじきことなのだ。余りにもすさまじい轟音と衝撃なので恐怖を感じるが、榴弾が降り注いでいるのは決闘場には全く影響のない地域なのは計算上明らかだ。つまり単なるBGMに過ぎないとも言える。しかし、その単なるBGMは修の集中力を奪い、戦いへの備えを不十分なものにしている。


(小銃があれば狙撃して終わりだな)


 マックイーンが考えていることは間違いではない。どんなに強い人間も銃で撃たれれば死ぬか重傷を負う。マーシャルアーツの達人は狙撃者の意を感じ取り、銃弾を回避してしまう者もいると聞いており、単純にマックイーンが射撃しただけでは修に躱されるかもしれない。しかし、砲弾により集中力を欠いている今なら確実に仕留められる。とはいえ、今回の決闘では銃火器の使用は禁止であり、自分が納得して受け入れた取り決めに関してあれこれ言うのは戦士のすることではない。


 マックイーンが修の動きを監視していると、修がマックイーンの潜むタコツボに向けて匍匐してきた。敵の砲弾が降り注いでいる時はなるべく低い場所に身を隠す、というのは兵隊の基本であり、修が自らの発意でこのような行動をとっているのを見てマックイーンの中の評価は更に高まった。


 出会い方は最悪で、自分も大人げない言動をしてしまったが、勝負がついたらこちらから謝罪し、良い関係を築きたい、などとマックイーンは思った。


 修が近寄ってくるのであれば話は簡単である。修は砲弾に気を取られてマックイーンに全く気が付いていない。マックイーンのいる穴に命からがら入り込んできた瞬間に、裸締めあたりを仕掛ければ対格差に関係なく勝てるだろう。


 そう考えている最中の事であった。


 突如、弾着地に落ちるはずの榴弾が決闘の場所に落ち、修やマックイーンから数十メートル離れたところで炸裂した。榴弾の破片は幸いこちらに飛んでこなかったが、先ほどまでとは比べ物にならない爆風が頭上を吹き抜ける。


 突然のことに混乱するマックイーンの頭の中には、米軍の存在を疎ましく思う日本政府の高官の一部が、マックイーンを謀殺しようとしている、とか様々な陰謀論じみた頭をよぎった。


 そんな事を考えていると、いつの間にか修がマックイーンの潜む穴の中に転がり込んでいた。余計なことを考えて監視の目が逸れた一瞬の事である。


「「あ……」」


 二人して間抜けな声を上げる。互いの名誉をかけた戦いをしに来たはずであったが、もう戦意など無かった。


「マックイーンさん。これが、あなたの言う実戦ってことですか?」


「……うん」


「確かにすごいですね。自分の経験なんかまだまだだと、思い知らされました」


「俺も実際に撃たれたのは初めてなんだけどね」


「そうですか」


「そうなんだ……うわっ、ペッペッ!」


 極限の状態に晒された二人は実に素直だった。そんな二人に爆風で吹き飛ばされた土が降り注ぎ、口の中を蹂躙する。


「いつまで続くんですか?」


「知らん。ちょっと連絡して聞いてみる。お?」


 マックイーンのは懐を探ってスマートホンを取り出した。そして、電話の向こうの主とこの至近距離の弾着について確認をはじめた。


「もう大丈夫だってさ。こんな穴から出て、あいつらと合流しようぜ」


 通話を終えたマックイーンは、ほっとした表情でそう言った。






 ペリーが運転する車で決闘の場に先行した、千祝ちい、中条、大久保達は分厚いコンクリートで建物の中にいた。コンクリートの中には迷彩服に身を包んだ若い防衛官がおり、千祝達を迎い入れた。


「なんだ大塚かよ。どうしてこんなとこにいるんだ」


「うちの中隊の射撃訓練でさ。観測任務で来てたんだけど、マックイーン中尉から頼み事されてね」


 建物の中にいた防衛官と中条は知り合いらしく、かなり親し気な様子で会話している。


「で、何すんだよ?」


「射撃訓練の項目に、超過射撃が入ってるんけどさ。これをマックイーン中尉のタイミングでやってくれってさ」


 超過射撃とは、敵と相対している友軍の頭上を飛び越えて、敵に命中させる射撃の事である。当然味方に当たる危険性はある。


「そんなの中隊長には何て説明したんだよ?」


「うちの中隊長、マックイーン中尉の上司に借りがあるらしくて大丈夫だった」


「あっそ」


「言っておくけど、計算上問題ないし、さらに安全係数を加算しているから、危険はゼロといっていいね」


 少しあきれ顔の中条に対して、大塚はむきになった様子で安全性を主張した。


「じゃあ分かったから、適当にやってくれ」


「あいよ」


 マックイーンから連絡があって射撃の要求をするまでは何もすることが無いので、千祝達は手持ち無沙汰になってしまった。しかも椅子は大塚が使うつもりだった一つしかないので立っているしかない。一応、大塚は民間人で女性である千祝に座ることを勧めてきたが、千祝は修のことが心配で大人しく座っている気分ではない。結局全員立って待っていた。


 しばらく待つと、大塚の携帯電話に着信があり、通話を終えると大塚は建物の中に備え付けられた電話の受話器を取って射撃開始の連絡をした。


 その後、大塚は弾着地を双眼鏡で観測しながら電話の向こうに向かって、次の発射のための指示をする。次第に弾着が近くなるように修正量を伝えているのだ。


「お。いいとこに出たな。効力射に移れ」


 射撃のための修正が終わったようで、効力射の要求を電話の向こうに送る。今までは榴弾砲一門で射撃のための角度などを確認するために撃っていたのだが、効力射は部隊が持っている他の榴弾砲も使う撃ち方である。つまり、音も衝撃もこれまでの何倍にもなる。


「皆さんこれから効力射がはじまります。こんなに近くから見れる機会はなかなかありませんから、どうぞご覧ください。ニュースでやっているような総合火力演習なんて目じゃありませんよ。こんなに近くに落ちて大丈夫か不安に思うかもしれませんが、心配いりません。この建物は重砲の射撃にも耐えられるように設計されていますからね。お、もうそろそろです、だんちゃーく……いま!」


 大塚の合図と同時に建物に衝撃が走った。砲弾が同時に落ちたとか、予想よりも近くに落ちたとか、そういう生易しいものではなく、千祝達の籠る建物を直撃したのだ。


「おいっ! うちかたやめっ! はぁ? もう次弾撃った? いいからとめろ! オレのいる場所に落ちてんだよ! そうっ!」


 慌てた様子で大塚が電話に向かって射撃を止めるように伝達する。幸い次の砲弾は建物に当たらなかったし、最初の直撃でもびくともしていない。


 ただし、外にいる修やマックイーンはどうなっているのか、千祝達にはまだ分からない。


「わざとじゃないでしょうね」


「いやすみません。そんなことはありませんって、なんでこのお嬢さん刀もってんの? 中条!」


「後で説明するよ。千祝さんも刀をしまってください。そういう事をする奴ではありません。おい、中条、もう射撃は中止したんだろ? マックイーンさんに電話しろよ」


「おお、そうだな」


 大塚は救われた表情になると、マックイーンに電話をかけた。幸いマックイーンは生きていたらしく、普通に応答している。


 外にいた二人が無事であることを確認し安心した千祝達は、修達を迎えに外に出た。



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