第46話「演習場」

 修と千祝は昨夜の約束通り、中条と共に富士山に向かった。早朝に車が迎えに来てくれ、中条の運転で前進している。警官の大久保も助手席に座っている。

 

 せっかくの休日を潰してしまうのは勿体ないが、ものに対して無防備な状態で復活されてしまうよりはましなのだ。


 首都高から東名高速道路に入ってしばらく進み、静岡県の御殿場インターチェンジで一般道におりたあたりで、千祝が中条に質問を投げかける。


「中条さん。そういえば、昨晩の時点で危険な場所が分かっているのでしたら、昨日のうちに出発するべきだったのでは? いえ、明確な兆候が無いのは聞いていますし、急ぎ過ぎないのはありがたいんですが」


 千祝が言うことはもっともである。放置することでこの前のヤトノカミ復活のような悲劇になることは避けなければならない。


「それなら心配はいりませんよ。昨日少し話した別の組織は、現地の近くに拠点がありますので、すでに警戒してもらっています」


 話しているうちにも車は市街地を通り抜け富士山の方向に進んでいく。


「防衛隊の演習場の中だって聞きましたけど、この車で入っていくんですか?」


 中条達が乗ってきた車は、いわゆる防衛隊らしい緑や迷彩の車ではなく、一般的なワゴン車であるため、舗装のされていない演習場に向いているとは言い難い。ちなみに車の後ろには、刀などの武器が積んである。何かの拍子に検問に引っかかったら、怪しさ満点だが、中条は何らかの許可証を持っているとのことだ。それに、警官の大久保がいるため話はつけやすい。


「一旦米軍基地によります。そこで車両を借りて現地に向かいます。加えて案内もしてもらうことになっています」


 富士山の裾野には防衛隊の演習場が広がっており、その周辺にはいくつか防衛隊の駐屯地が点在している。また、日本の防衛隊だけでなく在日米軍の基地も位置している。なお、このことは別に秘密でも何でもないが、修も千祝もミリタリー関係について興味がないため、全く知らなかった。


 中条の言う通り、一行の乗った車は米軍基地に入っていく。入り口には「キャンプ富士」と書かれており、鳥居の模型が建てられている。中条は警備員に書類を見せ、中に車を進めると入ってすぐの駐車場に停めた。


 駐車するとすぐに米兵が近づいて来て、車の窓を叩いた。 


「おはよう。陸上防衛隊特殊作戦隊の中条二尉ですね? 私は、在日米陸軍司令部のペリー少佐といいます。お連れの方々もあっちの車に乗り換えてください。案内します」


 白人の米兵、ペリーが流暢な日本語であいさつをしてきた。修達は素直に車を乗り換え、持参した武器を積み込んだ。


 乗り換えた車両は装甲が施されたゴツイ車両で、いかにも軍隊の車両といった風情だ。ペリーの運転で米軍基地を出発した車は、演習場の中に入っていった。演習場の中は、道が舗装されていないため、非常に乗り心地が悪い。

 

「ペリー少佐、海兵隊の方々が監視についていると聞きましたが?」


「はい。そうです。そちらから情報提供があった通りの場所に内部が異界化している洞窟を確認しています。ただ、こちらとしても戦力が足りないので突入はしていません。ソルジャー級のものならともかく、ナイト級以上が出てきた場合、ライフルでは対処できませんから。そちらのお連れさんに期待していいんですね?」


「ええ。彼らはこの前ジェネラル級の外つ者を討伐した経験がありますから、頼りになることは間違いありません。でも、そちらには、上級の外つ者に対処できる人はいないんですか? てっきり軍による外つ者対処は米軍が進んでいると思っていたんですが」


「日本は元々外つ者に独力で対処できる態勢が整っていたから、配備されている人材が少ないんですよ。数少ない戦える人はちょっと到着が遅れています。彼がいれば情報収集に行くくらいなら何とかなったんですが」


 中条とペリーの会話からすると、修と千祝の実力はかなり高く評価されているようだ。しかし、まだ学生であり未熟さの残る彼らが期待されているということは、戦力が絶対的に不足していることを示しているともいえる。




 一行は車に揺られている内に目的地に到着した。到着した場所は鉄条網で封鎖されており、銃を手にした海兵隊員が警戒の任務に就いている。ペリーに気が付いた兵たちはそれぞれに敬礼して迎え入れた。


 現場を取り仕切っているらしい男が近寄ってきて、ペリーに状況を報告する。


「どうも少佐殿、今、ここの監視を任されているグロー曹長です。もう聞いてると思いますが、小隊長は不在にしています。日本の侍たちが来たら突入させて良いと言われています。いいんですかね?」


 グローはペリーに状況報告をし、報告の最後の方で修達の方をちらりと見た。修達は屈強な海兵隊に負けない体格をしているが、年相応に幼い顔立ちであるため、判断に迷ったようだ。


「構いません。彼らはああ見えて将級の外つ者を倒している。侮ってはいけません」


「了解。健闘を祈ります」


 納得したらしいグローが指で行き先を指し示す。その方向には洞窟が見える。


「フジヤマが噴火した時に溶岩が流れてきて、それでこの辺は洞窟が多いらしいですね。中は結構広いようなんですが、投光器で照らしてみてもさっぱり見えません。多分異界化の影響なんでしょうね」


「OK。曹長達は引き続き監視をよろしく。何かあったら司令部の方に通報するように」


 ペリーはグローに対して伝達すると、中に入る準備をするように修達に促した。修達は用意してきた刀と脇差を腰に差して準備を整えると、中条を先頭に溶岩で出来た洞窟に入っていった。

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