第45話「霊峰への誘い」

 防衛隊の中条に、ものの予感に関して相談した1週間後の夜、修は自室でパソコンゲームに興じていた。やっているゲームはシミュレーションゲームで、プレイヤーはモンゴル帝国や鎌倉幕府、イングランドやアイユーブ朝などの国家を選びユーラシア大陸の制覇を目指すのだ。少し古いゲームであるが、今でも十分遊ぶことが出来る。死んだ修の父親が所有していたものを漁って遊んでいるのだ。


 次の日が休みということもあり、少し夜更かししてもいいかと考えている修は、ゲームに熱中していたが、不意に接近する気配を感じた。


「修ちゃん入るよって何やってるの?」


 扉を開けて現れたのは、隣の家に住む幼馴染の千祝ちいであった。扉を開けるまで足音を全く立てず、ノックも無かった。普通なら気付くことは出来ず不意を突かれることだろう。


「何って見ての通り、インターネットでダウンロードした文章を読もうとしていたんだよ」


 千祝の接近に気付いた修はゲーム画面を最小化し、「哲学」なる怪しいフォルダを開いていた。


「へえ? そうなの?」


 千祝は修に近寄ると、マウスを奪い取りフォルダの中の一つを開いた。開かれたPDFファイルの中身はプラトンに関する解説文であった。


「これはどういう内容なの?」


「プラトンのイデアに関する考えが、武の理想像ともつながるんじゃないかと思って、ね」


 これは嘘ではない。哲学的な面から武の高みに迫ろうという試みは、昔から数多の武芸者が通って来た道だ。有名どころでは、徳川将軍家の兵法指南役の柳生宗矩の「剣禅一致」などだろう。このような理由で哲学・思想関係の書籍を集めていたのだ。


「これは?」


「ゲームでございます」


 千祝は目ざとく最小化されたゲーム画面に気が付き、パソコンに表示した。表示された画面の中では、修の操作する国の君主が后と夜の語らいをしているところであった。18禁ゲームではないので、高校生がやっていても問題のない範囲ではあるが、これをプレイしているところを女の子に見られるのは何となく恥ずかしい。


 千祝がマウスをクリックしてゲームを進めていくと、君主と后が直接的な描写はないものの、一夜を過ごしたところで画面が切り替わった。先ほどまでの后以外の女性が何人も表示されている。


「これは?」


「敵の国を亡ぼすと、その国の后が手に入ってハーレムや後宮みたいになるんだよ」


「はぁそうですか」


 特に悪いことはしていないし、怒られているわけではないのに、千祝の反応が怖いので修はゲームを終了した。何となくこうなりそうな予感がしたので、隠そうとしたのだが残念ながら上手くいかなかった。


「そういえば、何をしに来たんだ?」


「ああ、そうそう。お父様から連絡が来て、まだ帰れそうにないんだって。それで、もう少ししたら中条さんから連絡があるはずだから、協力しろって」


「協力しろって……いいのか? 俺達、まだ未熟だから関わるなとか釘を刺されると思っていたぞ」


「私も同じように思って聞いてみたんだけど、この前神剣の力を借りたとはいえ、ジェネラル級の外つ者を倒せたし、達人の鞍馬さんを屈服させたから最低限の力はあるって。だから、変に巻き込まれるよりは、大人に混じって行動した方が安全だって言ってた」


 確かに師匠の言う通り、まだ十五歳の子供である修と千祝だけで行動するより、大人であり組織の後ろ盾のある中条達と行動する方が、何かあった時対応の選択肢が広がる。また、大人達だけに任せるという選択肢もあるが、勝手に巻き込まれる可能性も否定できないため、ここは積極的に解決に動いた方が良さそうだ。


 また、師匠であり、まだまだ武芸の腕では敵わない太刀花則武に、ある程度の実力を保証されたのはかつてないほどの喜びだった。


 千祝の修への伝言が終わるのを見計らうかのように、中条から預けられた連絡用のスマートホンに着信があった。


「もしもし。鬼越です」


「夜分すみません。中条です」


「師匠から連絡があるから協力しろって言われています。何かあったんですか?」


「はい。先週相談のあった、巨人の夢の件ですが、取り調べ中の鞍馬に大久保さんが聞いてみたら、心当たりがあるとの証言を得られたそうです」


 懐かしい名前に修の顔が少しほころんだ。つい最近命のやり取りをしたばかりの相手だが、今は恨みなどないし、彼がヤトノカミを復活させて世を騒がせようとしたのは、承知は出来ないが気持ちは何となく分かる。そんな鞍馬が協力的になってくれているのは嬉しいことであり、今度面会でもしに行こうかと思った。


「それで、五年前の戦いにおいて、我が国の武芸者達が巨人としか表現できない外つ者と戦って、多大な犠牲を払って仕留めたらしいんですが、もしも外つ者の活動が活発化しているなら、こいつが復活するかもしれないとのことです」


「で、どうするんですか? この前みたいにまた、警察と防衛隊で戦うんですか?」


「残念ながら、警察庁抜刀隊のメンバーは、ほとんどが入院中で任務に就けません。防衛隊は米国で不意に出現した外つ者と交戦中で、今は小康状態ですが決着まで時間がかかりそうだということでこちらにはこれません」


 修は困った顔をした。師匠の太刀花則武もいなければ、外つ者と戦う組織もいないのであれば、この前の戦いよりも状況が悪いと考えたのだ。


「ああ。安心してください。別の組織の協力も得られる約束を取り付けています。それに、まだ、すぐに復活するとは限りませんので、明日から怪しい地域である富士山麓を調査をするのでその時に協力してほしいのです」


 修は少し安心した。この前の死闘で千祝を失いそうになったので、少し神経質になっていたのかもしれない。


「分かりました。明日ですね? 調査に同行しましょう。そういえば、その外つ者は何て言うんですか」


「「ダイダラボッチ」という将級の外つ者です。富士山を作ったとの伝承もあるとか」

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