第32話「倒れていく仲間達」

 千祝がヤトノカミに向かって行く中、残された修は考えた。布津御霊剣ふつのみたまのつるぎをどうすればその力を発揮させることが出来るのかをだ。


 本当ならすぐにも駆けつけたい。しかし、それでは結局全滅してしまう。手にしている布津御霊を使いこなすことだけが勝利の方法なのだ。


 思考を張り巡らすために心をなるべく落ち着かせる。というよりも、元々それほど心は乱れていなかった。戦いは冷静さを欠いてはいけない。そのためにどんな苦しい時であっても平静さを保ったまま戦う稽古を積んでおり、その甲斐あって今夜のこの異常な空間でも修の心は落ち着いたままだ。


 逆に戦いではない茶道部の稽古、特に高い茶器を使用するときの方が緊張する位だ。


 布津御霊を使いこなすための方法を見つけ出すために、この剣を振るってヤトノカミを撃退した、五年前の戦いを思い出そうとする。するとこの五年間全く思い出せなかった事柄が、当時と同じ状況に置かれているからか朧げながら蘇ってきた。


 五年前のあの日、香島神宮には武芸者の家族達が避難していた。修や太刀花家の面々、千祝やその弟、そして千祝の母親もだ。


 そして、避難して何日かした夜に事件が起こった。香島神宮の境内に人と蛇を合わせたかのような姿をした怪物が溢れ出したのだ。


 避難していた人々も一線級とは言えないが武芸者の一門、手に武器を取って立ち向かった。しかし、尽きることのない怪物の群れとそれを率いる巨大な怪物の前に一人、また一人と倒れていったのだ。そして、修に千祝を託し、千祝の母親も怪物に立ち向かっていったのだ。


 千祝のことを託されはしたが、千祝は引き留める修の静止を振り払い、怪物に向かって行ってしまった。その時、気付くと身長を遥かに超える剣を手にしており、それを振るうことにより怪物を退治して殺されそうになっていた千祝を助けたのだ。


「だめだ。分からない」


 ここまで思い出しても結局のところどうすればいいのか、修には分からなかった。手にしている武器は同じ、それを握る人間も同じ、なのに昔の様な効果を発揮できない。効果を発動するのに時間や場所とか何か制限があるのかとも思ったが、もちろん場所はこの香島神宮の境内で同じであるし、あの赤い月も記憶が確かなら同じはずだ。


 聖なる力を使い切った。その可能性は否定できないが、剣が夢で呼びかけてきたのが事実であるとするならまだ力を秘めているはずだ。何よりあの黒マントが、修にこの布津御霊を振るわせることを考えていたと推察できるため、今この場で使いこなせなければおかしい。


「いったい何が足りないんだ」


 修が必死に冷静さを保ちながら思考を巡らせている間にも、警官達の戦いは続いていた。


 既に警官達は全員が弾切れになっており、皆抜刀してた。


 一斉に全員で襲い掛かっても、連携する訓練はまだ積んでおらず、同士討ちになる可能性があるため、一度に襲い掛かるのは四、五人だった。


 彼らの技量では修や千祝の様に近い間合いで戦い続けるだけの芸当は出来ないため、自然とできることは渾身の一撃を叩きこみ、その直後にヤトノカミの攻撃を受けて退場という流れになる。


 攻撃を受けて地に伏した彼等の命が、尽きているかは確認できない。


 警官が攻撃を仕掛ける中、途中から千祝も則武の鉄棒を持って参戦する。さすがに千祝は簡単にはやられはしない。縮地によって間合いをコントロールし、強靭に戦い続ける。


 手にしている得物が、切れ味の低下とは無縁であることも重なり、他の者が倒れていく中にもその戦いぶりは変わらない。その戦いぶりから警官達へのヤトノカミの攻撃が鈍り、倒されていく速度が遅くなるほどだ。


 もちろん、だからと言ってそれで勝てるほどではない。味方の数は徐々に減っており、重い鉄棒で攻撃することは千祝のスタミナを着実に減らしていた。修が布津御霊を使いこなすしか、敗北を回避することは出来ない。


 戦い続けた結果、警官達は減り続け、残るは千祝と大久保、中条の三人だけになってしまった。他の者は倒れ伏し、生きているのか死んでいるのか定かではない。


 残りが少なくなったとしても千祝達は攻撃の手を緩めなかった。例え守りに入っても事態が好転することにはつながらないことが分かっているため、勢いを殺したくなかったのだ。


 しかし、味方の人数が減っているということは牽制してくれる者がいなくなり、ヤトノカミの猛攻をまともに受けることに直結する。千祝と修の二人で戦った時は人数が少なくても連携が完璧であったため、戦闘力が何倍にも発揮されて持ちこたえることが出来た。


 だが、今は違う。お互いに連携をとることを心掛けてはいるが、修と千祝の連携に比べたら格段に落ちてしまう。結果、段々とヤトノカミの攻撃に押されてきた。


「ぬあっ」


 先ず、大久保がヤトノカミの巨腕で薙ぎ払われ吹き飛ばされて動けなくなった。刀で防御しようとしのだが、あまりの質量が相手だったため果たせなかったのだ。


「ああ! 大久保さん。くそっこいつをくらえ!」


 大久保が倒れるのを見た中条は切り札を切ることにした。納刀して取り出したのは手榴弾である。大人数で取り囲んでいる時は、味方を巻き込む可能性があったため使えなかったのだ。


 ヤトノカミを引き付けるために投げナイフを取り出し、ヤトノカミの頭部めがけて投げつけた。元々投擲用の物でもなく、神聖な気を帯びてもいなかったため、硬い鱗に簡単に弾かれてしまったが、挑発には十分だった。中条めがけてヤトノカミが向かってくる。


 ヤトノカミが地響きを立てて向かってくるのを確認した中条は、倒れている警官達が爆発に巻き込まれないように駆け出した。生死が不明な状態であっても、倒れている仲間の上で爆発を起こすことは、さすがにためらわれたのだ。


 そして、十分距離をとったと判断した時、手榴弾のピンを抜いて地面に投げ捨てた。


 手榴弾を投げ捨てた後も勢いを殺さずそのまま駆け抜ける。走り続ける中条を追ってヤトノカミは追い続ける。手榴弾の上を通って。


 ヤトノカミが手榴弾の上を通り過ぎた直後、爆発が起きた。


 ヤトノカミに近く、しかもヤトノカミの体を盾にすることにより手榴弾の爆発に巻き込まれないようにする、中条の計算通りのタイミングであった。

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