第31話「状況悪化」

 神剣布津御霊剣ふつのみたまのつるぎによる、ヤトノカミへに与えた傷は、今までの刀での攻撃と比べれば上出来だと言えるかもしれない。しかし、必勝を期しての攻撃だったのに、この成果は期待外れであった。


「危ない! 上!」


 茫然とする修に千祝から警告の声が発せられた。慌てて上に注意を払うとヤトノカミがその巨大な腕を振り下ろそうとしているのが見えた。


 戦いの途中ではあったが意識が逸れていた為、反応することが出来ない。


 修の危険を見た千祝は、手にした刀を全体重を乗せてヤトノカミの左足に突き刺した。深く入りすぎて、もう引き抜くことは不可能であるが、修が犠牲になるよりましだ。


 左足に異物が差し込まれたため態勢が崩れて、ヤトノカミの上からの一撃は外れて地面を叩いた。その隙に食い込んだ布津御霊を外すと一旦ヤトノカミとの間合いを取る為後退した。


 急いでいるため敵に背を見せる危険かつ無様なものであったが、大久保達警官隊が発砲して掩護してくれたため、無事に離れることが出来た。


「どういうこと? その剣でやれるんじゃなかったの?」


「俺にもわからん。この剣を使うのは間違いだったのか?」


「いいえ。朧げな記憶だけどその剣を使っていたのを覚えているもの。他の方法なんてありえないわ」


「じゃあ何が足りないんだ」


「鬼越君。大丈夫か?」


 作戦の失敗に悩む二人に中条から声が掛けられた。


「その剣で倒せるんじゃなかったのかい?」


「分かりません。五年前はこれで倒したはずなんですが。今なんで効果が無かったのかさっぱり分かりません」


「そうか……確かにその剣を使いこなすのは難しいはずなんだ」


「何か知っているんですか?」


「ああ。布津御霊は古来から怪物退治の聖剣としてこの地を守って来たらしい。そして、それを使いこなすための剣術は香島の太刀と呼ばれていたという」


「香島の太刀……新当流とか剣術の源流の一つですね?」


「そうだね。だけどいつしか布津御霊を使いこなす方法は失われていったという」


「おかしいんじゃないですか? 香島の太刀から現代の剣術までその技法は伝わっているじゃありませんか。我が家に伝わる太刀花流だってその流れは引いているんですよ?」


「そうか。確かに今の時代までに香島の太刀の系譜は続いているかもしれない。だけど、布津御霊みたいな剣を使う方法なんて伝わっていない。千祝の言う通り通常の剣術としては伝えられていても、布津御霊みたいな剣を使って怪物と戦う方法は失伝したんだ」


「修君の言う通りかもしれないね。太刀花先生が言っていたんですが、布津御霊を使うのは剣術というよりも神楽の様な儀式に近いものだったのかも知れないということです。だから、剣術として人と戦う術が磨かれていくのと反比例して、その意義が忘れ去られていったんじゃないかと」


 この結論は最悪であった。折角強大な敵を倒す手段がこの手にあるのにも関わらず使い方が分からないというのだから。そしてそれは、今は何とか戦えている警官達が、いずれは全滅してしまうということでもあり、外に出たヤトノカミによって市街地でどれだけの犠牲がでるのか、分からないということでもあるのだ。


「実のところ布津御霊の使い方は太刀花先生と鬼越さん……修君のお父さんも随分と研究したらしいのです。その甲斐あって、その長大で重量のある使いにくい刀を合理的に振るう技法は習得したらしいのです。でも、本来の退魔の剣としては、ついに復活させることが出来なかったらしいのです」


「でも俺は、五年前に使いこなせたはずなんです」


「そうだ!」


 急に千祝が声を上げる。


「五年前の戦いでは布津御霊が光ってた気がする」


「本来の力を発揮すると見た目から違うってことか。でもそれだけじゃどうすればいいのか分からんな」


「何か足りないものがあるのよ。それが分かればきっと使いこなせるわ」


「でもその何かを探すには時間がない」


 そう。こうして話している間にも状況は刻一刻と悪化していた。これまで巧みな銃撃の連携によりヤトノカミを押しとどめていたが、弾切れになる者が出てきたのだ。


 則武が最前線で戦っている時は弾薬の消耗を抑えることが出来ていたのだが、その不在により消費量が増えついにはその限界が来たのだ。しかし、例え弾切れになろうとも警官たちは怯まなかった。腰に佩いた刀を引き抜き、一歩も引かぬ態度を見せつけた。


 警察官達の剣の腕前では命と引き換えにしても足止めにしかならないだろう。だが、その足止めにより修達の持つ切り札が効果を発揮する時間稼ぎになれば、例えそれが叶わなくとも近隣の住民の避難が間に合えばという使命感が警官達を支えていた。


「修ちゃん。私も行くから落ち着いて考えてね。大丈夫よ。きっと何とかなるって信じてるから」


 落ち着いた口調でそう語りながら、千祝は近くに落ちていた黒い棒を拾い上げた。


「ちょうどいい武器が手に入ったし」


「それは師匠のか」


 千祝が拾い上げた棒は、則武がヤトノカミとの戦いで使用していた鉄棒であった。


「これなら切れ味とか関係なさそうだし、ずっと戦えるわ」


 そう語る千祝の顔は厳しい戦いへの決意に満ちていた。修が力を発揮するまでの時間稼ぎは何があっても達成するつもりなのだ。


「じゃ、先に行くから」


 険しい表情であった千祝は一転微笑むと、軽い感じでそう言い、ヤトノカミに向かって行った。中条や大久保も同様である。

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